23 December 2020

模擬裁判への参加を理由とする仲裁人忌避申立て(を却下した事例)

 


数多く開催され、数多くの国際法研究者・実務家も参加する国際法模擬裁判ですが、係属中の仲裁手続の一方当事者が主催者となっている模擬裁判(フランクフルト模擬投資仲裁)に裁判官としての関与した経験があることを理由とする仲裁人忌避申立てが他方当事者から提起され、見事に却下された例が最近公表されました(153項)。これで安心して模擬裁判の裁判官を引き受けることができると考える方もいるかもしれません。

ちなみに、同決定の主たる争点はどちらかといえば、COVID-19パンデミックを理由としてオンラインでの口頭弁論開催を決定した仲裁廷に対して不服であった被申立国が行った仲裁廷全体に対する忌避申立てにあると思いますので(とはいえこれも却下、145項)、バランスよく読む必要があります。

22 December 2020

条約解釈における「ファクター」としての国家実行

 


12月11日付で下された赤道ギニア対フランスの事件の本案判決は、ある不動産が外交関係条約第1条(i)にいう「使節団の公館」たる地位を取得するに際して接受国が異議申立てを行うことでこれを妨げることができるという、文言上は存在しない要素を解釈上導入したことが論争を呼んでいますが(所長次長も反対票を投じています)、ここではその結論に到達する条約解釈論の一部興味深い点に触れたいと思います。

以上の結論を支えるために、多数意見は、ある不動産につき派遣国が使節団の公館として利用するに際して接受国の事前の承認を求めるいくつかの国家実行を援用します。興味深いのは、多数意見は、それら実行が条約法条約第31条3項(b)にいう「当事国の合意」を示す事後の実行には至らないことは認めつつも、それでも原告の主張する解釈に反する「要素 (des facteurs)」として考慮している点です。

69. [...] Les deux Parties reconnaissent qu’un certain nombre d’Etats accréditaires, tous parties à la convention de Vienne, imposent expressément aux Etats accréditants d’obtenir leur accord préalable pour acquérir et utiliser des locaux à des fins diplomatiques. [...] La Cour ne considère pas que cette pratique démontre nécessairement «l’accord des parties» au sens d’une règle codifiée à l’alinéa b) du paragraphe 3 de l’article 31 de la convention de Vienne sur le droit des traités en ce qui concerne l’existence d’une obligation d’obtenir un accord préalable, ou les modalités selon lesquelles un Etat accréditaire peut communiquer son objection à la désignation, par l’Etat accréditant, d’un immeuble comme faisant partie des locaux de sa mission diplomatique. Néanmoins, la pratique de plusieurs Etats, qui exige clairement l’accord préalable de l’Etat accréditaire avant qu’un immeuble puisse acquérir le statut de «locaux de la mission», et l’absence de toute objection à cette pratique, sont des facteurs qui vont à l’encontre de la conclusion selon laquelle l’Etat accréditant aurait le droit au titre de la convention de Vienne de désigner unilatéralement les locaux de sa mission diplomatique.

「事後の実行」には至らない散発的な(しかし重要そうに見える)国家実行を現行の条約解釈規則に照らしてどう位置付けて考慮できるかは(研究でも実務でも模擬裁判でも)悩ましい前提問題でしたが、本件ではとにかく「要素」だというのが裁判所の立場のようです。ちなみに、国連国際法委員会の立場は、事後の実行を確立するには至らない国家実行は第32条の「解釈の補足的手段」の1つとして考慮できるというものでしたので(これのp. 20, paras. 8-9)、裁判所はこれには与しなかった(あるいは事情が異なると考えた)ということかもしれません。

国際司法裁判所、仮保全措置の実施確認パネルの仕組みを導入

 

12月21日付のプレスリリースで発表されました。司法業務に関する決議に11条が新設されています。3名の裁判官(国籍裁判官・ad hoc裁判官を除く)から成る委員会が都度設立され、仮保全措置の実施に関する当事国からの情報を検討し、取りうる選択肢について裁判所に勧告を行うという仕組みです。

一部で議論されておりました、当事国から提出される報告書の一般公開の可否については特段言及はありません。ガンビア対ミャンマーの事件で、ミャンマーが提出した仮保全措置の履行に関する報告書についてロヒンギャ支援団体が一般公開を求める書簡を公表しており、話題となっていましたが、この点に応えた措置ではないようです。訴答書面も口頭弁論開始までは公開されないのでこれと平仄を合わせているとみることもできますが、国際海洋法裁判所では、特段明示の根拠条文なく一般公開される実務となっているので(例えば)、国際司法裁判所でも規程や規則の改正が必須の前提というわけではなさそうです。

第三者的には透明性が高いことが望ましいともいえますが、もし公開するのであれば、今後出てくる報告書は(良くも悪くも)そのことを前提とした書きぶりになってくるだろうということは念頭に置く必要がありそうです。

14 December 2020

国際司法裁判所のJudicial Fellowプログラムについての信託基金設立へ

 


国連総会の要請により、国連事務総長により設立される見通しです。Judicial Fellow(旧University Trainee、いずれにせよ、日本語訳は難しいです)プログラムは、候補者を送り出す側の大学が資金面での負担を負うため、財政的制約により、候補者を派遣できる機関が米国ロースクールを中心とした特定地域の大学に偏ってしまうという課題があり、その是正措置と位置付けられます。

基金の対象は、「途上国にある大学出身の途上国国民(nationals of developing countries from universities based in developing countries)」とのことです(15項)。残念ながら、先進国にはあるけども財政的には制約がある大学出身の場合には対象とならないようです。

05 November 2020

三井物産、再生可能エネルギー投資に関してスペインを相手取り投資仲裁申立

 

10月30日付でICSID事務局ウェブサイトに記載されております(ICSID Case No. ARB/20/47、管轄権の基礎はエネルギー憲章条約)。詳細の記載はありませんが、太陽光発電に関する補助金制度の変更に起因する一連の投資紛争の1つと推測されます。日系企業による対スペイン申立としては、公表されている限りではこれが4件目となります。

19 October 2020

国際司法裁判所、DRC対ウガンダの事件で鑑定人を嘱託

 

9月8日付命令で嘱託を決定し、10月12日付命令で具体的に4名の鑑定人を選任しています。

従来の事例との最大の違いは、一方当事国(ウガンダ)が裁判所の鑑定人嘱託に強く異議を申し立てていたにもかかわらず、裁判所が選任に至った点に見出されます(Judge Sebutinde個別意見がこの点を物語ります)。直近の例であるコスタリカ対ニカラグアの事件では、被告ニカラグアは裁判所の鑑定人嘱託提案に反対していませんでした。

もっとも、鑑定人のterms of referenceを見ると、すでに裁判所に提出されている証拠資料及び公刊資料に基づいて("Based on the evidence available in the case file and documents publicly available")各種賠償算定の基礎を提供するとあるので(16項)、鑑定人自身による独自の現地調査や証拠収集は求められていないと理解できるかもしれません。そうであれば、紛争当事国の協力の見込みが無くとも、鑑定人としては求められる任務を最低限遂行することは可能ではあるかと思います。鑑定人嘱託と紛争当事国の協力の関係性については、拙著(196‐201頁)をご覧ください。

08 October 2020

欧州人権裁判所、ナゴルノ・カラバフ紛争関連申立でトルコにも暫定措置を命令

 


9月末に再燃したナゴルノ・カラバフ紛争に関連して、アルメニアがアゼルバイジャンを相手取り欧州人権裁判所に国家間申立を提起し、裁判所は双方に対して軍事行動を控えるよう求める暫定措置を命じていました(9月29日)。その後、アルメニアは今度はトルコを相手取った国家間申立を提起し(10月4日)、裁判所は10月6日付でやはり暫定措置を命令しました。プレスリリースによれば、次のような内容の措置が命じられたとのことです(強調本文)。

"Taking account of the escalation of the conflict, the Court has decided to apply Rule 39 of the Rules of Court (interim measures) again. It now calls on all States directly or indirectly involved in the conflict, including Turkey, to refrain from actions that contribute to breaches of the Convention rights of civilians, and to respect their obligations under the Convention".

同紛争に関連してトルコによるアゼルバイジャン支援が注目されている中での司法判断となりました。対アゼルバイジャン措置の場合には生命権(第2条)や拷問禁止(第3条)といった具体的義務への言及があったのに対し、上記の対トルコ措置においては条約順守を一般的に求めるにとどまっている点が注目されるかと思います。

03 September 2020

カナダとオランダ、ガンビア対ミャンマーの事件に訴訟参加の意向表明

 


9月2日付で共同声明が発出されています。規程62条参加なのか63条参加なのかは明らかにはされていませんが、"[Canada and the Netherlands] will pay special attention to crimes related to sexual and gender-based violence, including rape"とのことです。


05 August 2020

アルゼンチン、債権者団との債務再編交渉妥結



数か月にわたり債権者団と債務再編交渉を続けてきたアルゼンチン政府ですが、8月4日付でステートメントを公表し、債権者団と合意に至ったと発表しました。(国際)法的観点から興味深いのは、(債務減免幅や経済財政への影響もそうですが)新債券において集団行動条項の強化を予定するとの記述です。

"Argentina will adjust certain aspects of the collective action clauses in its New Bond documentation to address proposals submitted by members of the creditor community that seek to strengthen the effectiveness of the contractual framework as a basis for the resolution of sovereign debt restructurings upon the support for such adjustments of the broader international community".

04 August 2020

WTO紛争処理におけるTweetの証拠価値



WTO法上の安全保障条項(GATT第21条)の解釈適⽤が初めてパネルによって⾏われたロシア・貨物通過事件(DS512)に続き、TRIPS協定上の安全保障条項(第73条)の解釈適用がパネルによって初めて行われたサウジアラビア・知的財産権措置事件(DS567)の報告書が6月16日に公表されています(ただ、その後上訴されたため、現在の「上級委員会の危機」により、報告書がいつ採択されるか不透明となっています)。パネルによる73条解釈についての優れた評釈はすでに出ておりますので、ここではあまり注目されないであろうtweetの証拠資料としての扱いについて触れます。

本件は、カタールと湾岸周辺国の国交断絶後(2017年6月)、カタールを本拠とするメディア企業(beIN)が保有するコンテンツ(スポーツ娯楽等)について、サウジアラビアに設立された事業者(beoutQ)がインターネット等を通じて海賊配信を行ったことに端を発します。同海賊事業への関与を否定するサウジアラビアに対し、カタールはサウジ高官等が発した複数のtweetを証拠として提出し(beINに代わる事業者のサウジ市場への登場を予期する等)、サウジ政府による海賊事業への関与(とりわけ2018年ワールドカップを海賊放送した上でのパブリックビューイングのプロモーション)を立証しようとします。対するサウジアラビアは、"unofficial, non-government tweets are not usually recognized by legal adjudicators or attributed to a government without explicit approval"と主張し、当該tweetの価値を否定しようとします(7.47項)。この文脈でパネルは、懸案のtweetは行為帰属ではなく、海賊事業者がサウジアラビアの刑事管轄権に服するか否か(著作権侵害に関する刑事手続及び罰則を制定する義務を定めるTRIPS協定第61条違反申立てとの関連で必要)という観点から検討されると判断します(7.117項)。

"The Panel discusses these tweets, not because they are attributable to the Government of Saudi Arabia, but because they are evidence that beoutQ was promoted by prominent individuals and newspapers within Saudi Arabia, which is relevant to the question of whether beoutQ is operated by individuals or entities subject to the criminal jurisdiction of Saudi Arabia".

その上でパネルは、問題のtweetを証拠資料の一つとして、サウジアラビアによる上記海賊放送についてのパブリックビューイングを促したとの事実認定に至ります。tweetの証拠価値が(WTO紛争処理においておそらく初めて)肯定されたわけですが、その根拠は、上記に関わらず、むしろ行為帰属論に求められているように読めます(7.161項)。

"The Panel considers that Saudi Arabia's statement that "unofficial, non-government tweets are not usually recognized by legal adjudicators or attributed to a government without explicit approval" is beside the point, because most of the tweets in question are in fact governmental tweets. Article 11 of the ILC Articles on State Responsibility, entitled "Conduct acknowledged and adopted by a State as its own", provides that "[c]onduct which is not attributable to a State … shall nevertheless be considered an act of that State under international law if and to the extent that the State acknowledges and adopts the conduct in question as its own." By its terms, the principle only applies to conduct that is not otherwise attributable to a state. However, as already noted above, under general international law principles of state responsibility, actions at all levels of government (local, municipal, federal), or by any agency within any level of government, are attributable to the State".

だとすれば、本件におけるtweetはサウジ高官等による不利益自白として扱われたとみる方が自然かもしれません。次の著名な一節が想起されます。

"The Court takes the view that statements of this kind, emanating from high-ranking official political figures. sometimes indeed of the highest rank, are of particular probative value when they acknowledge facts or conduct unfavourable to the State represented by the person who made them. They may then be construed as a form of admission" (ICJ Reports 1986, p. 41, para. 64).

29 July 2020

COVID-19と国際法(8) 永住者・定住者の再入国制限措置と自由権規約上の「自国」に戻る権利



COVID-19感染拡大防止を理由として、日本政府は「当分の間」(そして7月29日現在)、一定の国・地域に滞在歴がある外国人等について、「特段の事情」がない限り、上陸を拒否しています。上陸拒否対象国・地域は4月以降漸次拡大されているため、措置の規定振りはかなり複雑となってきておりますが、要するに、上陸拒否の対象国・地域として追加された後に上陸拒否対象国に滞在した場合には、出入国管理及び難民認定法第5条1項14号にいう「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当し、日本への再入国を拒否するというスキームと理解されます。本措置の結果、日本に生活基盤がある外国人であっても、上陸拒否対象国・地域として追加されたのちに日本を出国し当該国・地域へと赴いた場合には、日本への再入国ができなくなっていることが問題視されているようです。

ここで国際法の観点から浮上するのが、「No one shall be arbitrarily deprived of the right to enter his own country」と規定する自由権規約第12条4項です。同項にいう「自国 (his own country)」は「国籍国」を意味するとするのが日本政府の解釈であり、したがって日本国籍を持たない外国人はそもそも12条4項の対象とはならないとの立場に立っています(これ32項参照)。これに対して自由権規約委員会は「自国 (his own country)」は「国籍国」よりも広い概念であり、「長期居住者 (long-term residents)」も含みうる、との立場に立っています(一般的意見第27)。「自国」は「国籍国」と同義ではない旨、1998年の日本報告書審査総括所見でも述べています(18項)。(坂元茂樹「『自国』に戻る権利」藤田久一他編『人権法と人道法の新世紀』(東信堂、2001年)149頁以下も併せて参照)

もっとも、仮に自由権規約委員会の解釈を前提としても、今般のCOVID-19関連の再入局制限措置が12条4項と整合的か否かを問うためには、もう1つ法律論に取り組む必要があります。12条4項は自国に戻る権利を「恣意的に (arbitrarily)」奪われないと規定していることから、恣意的でないと評価できれば権利制限を正当化しうる余地が残るためです。このあたりは、上陸拒否対象国・地域が追加されるたびに明確なアナウンスがあること(ただ、やや猶予期間が短い感はあります)、そして(おそらくは上陸拒否の対象国・地域として追加された後に日本を出国した場合であっても)特に人道上配慮すべき事情があるとき」には再入国を許可する余地を残していること、などを踏まえた個別具体的な判断次第ということになります(法務省が挙げる具体例のリスト(6月12日現在)はこちら)。同時に、入国が許可される者に課すのと同様の検疫措置(PCR検査及び14日間の「自主」隔離)ではなぜ足りないのかも問う必要があるかと思われます。

8月4日追記:上記「特に人道上配慮すべき事情があるとき」の具体例一覧が7月31日付で更新されています。

28 July 2020

COVID-19と国際法(7) 国連安全保障理事会が最初のCOVID-19関連決議を採択


本年初頭からのCOVID-19の世界的蔓延をめぐっては、WHOのみならず、国連総会国連事務総長国連人権高等弁務官事務所など、数多くの国連機関が様々な対応を試みてきました。そのような中、国連安全保障理事会も7月1日にようやく最初のCOVID-19関連決議を採択しました(決議第2532号)。常任理事国である米中の政治的対立を背景として安保理にどのような行動が可能かが注目されてきましたが、現在進行中の武力紛争の停戦を呼びかける内容でまとまりました。発生源と目される中国に関しては一切の言及はありません。本決議が求める即時停戦から対ISIL・アルカイダ軍事作戦が除外されているのが興味深いです(3項)。

重要な安保理決議が採択されるたびにその法的拘束力の有無をどう考えるかが気になってくるわけですが、本決議は、第1項において"Demands"の強い動詞を用いて即時一般的な停戦を求めている点は法的拘束力を肯定する方向に読めそうですが、前文において、"the unprecedented extent of the COVID-19 pandemic is likely to endanger the maintenance of international peace and security"という、憲章第7章ではなく憲章第6章(第33・34・37条)に由来する文言を用いている点は、法的拘束力を否定する論拠となりそうです。もっとも、仮に法的拘束力が認められたとしても、国連加盟国ではない非国家武装勢力にも決議の効果が及ぶのかという問題は残りそうではあります。

24 July 2020

カタール航空、湾岸周辺4か国を相手取り国際投資仲裁申立て



2017年6月5日、湾岸4か国(バーレーン、エジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビア)がカタールと外交関係を断絶して以降、同4か国はカタール登録の旅客機の自国における発着及び上空飛行を制限してきました。本年7月22日、これが違法な空域封鎖であり、投資財産の価値を毀損するとして、カタール航空がこれら4か国を相手取り国際投資仲裁申立てを行うとプレスリリースにて発表しました。"the OIC Investment Agreement; the Arab Investment Agreement; and the bilateral investment treaty between the State of Qatar and Egypt"に基づく申立てと説明されています。

これら4か国はこれまで、本空域制限措置について、先行するカタールの国際違法行為(テロリズム防止義務違反等)に対する合法な国際法上の対抗措置であると説明してきましたため、本件仲裁手続が本案まで進む場合には、投資条約違反の主張に対して対抗措置による違法性阻却の抗弁を提起することが予想されます。そしてこれがなされると、外国投資家の投資財産を制限する措置を、当該投資家の本国が行ったとされる先行違法行為に対する一般国際法上の対抗措置として正当化できるか否かという、ちょっと懐かしい投資法上の論点が再燃する可能性があります。一連のNAFTA仲裁事例(ADM v. Mexico, Corn Products v. Mexico, Cargill v. Mexico)を再読しておくといいかもしれません。

本空域制限措置をめぐっては、国際民間航空条約等に違反するとして、カタールがやはり周辺4か国を相手取りICAO理事会に紛争を持ち込んでおり、同理事会はこれまでに自らの管轄権を肯定する決定を行っております。国際司法裁判所が最近下した2つの判決(これこれ)は、このICAO理事会の管轄権についての決定を追認したのみです。

11 July 2020

オランダ、MH17便撃墜事件につきロシアを相手取り欧州人権裁判所に国家間申立



2014年7月にウクライナ東部で発生したマレーシア航空MH17便の撃墜事件(乗客乗員298名全員死亡)について、最大の犠牲者数(196名)をかぞえたオランダ政府は7月10日、事件への関与が疑われるロシアを相手取り、欧州人権裁判所へ提訴することを決定しました。オランダ政府のウェブサイトで発表されています。すでに遺族による個人申立が2件ほど係属しておりますが、本件は国家間申立です。

MH17便撃墜事件については他にも、事件に関与した個人に対する捜査・刑事訴追が行われてきております。オランダ外務省が作成したこのページに分かりやすくまとめられております。

04 July 2020

Enrica Lexie事件(イタリア対インド)仲裁判断の抜粋が公開


7月2日付で仲裁判断の抜粋(といいますか、両当事国の最終申立と仲裁判断の主文のみですが)が公開されました。インド国内裁判所で刑事訴追の対象となっていた2人のイタリア人海兵隊員の刑事裁判権からの免除が結論され、インドに対して管轄権行使の停止に向けた措置を取るよう命じています(主文パラ2-3)。仲裁判断全体の公開が待ち望まれます。

8月14日追記:仲裁判断全体が公開されました。ちなみに、全体がPCAのウェブサイトに仲裁判断が公開される前からすでにいくつかの評釈が出ている(そして某有料国際仲裁データベースでは入手可能)という状況でしたが、インドが自国最高裁に仲裁判断を提出したために一般に入手可能な時期があったようです

03 July 2020

南シナ海仲裁解説(3) 欠席手続と証明責任分配



(注記:本ポストの初出は2016年8月4日で、南シナ海仲裁判断の数ある論点のうちマイナーな点について書き連ねたものを旧ブログ(閉鎖済み)からこちらに移行したものです)

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周知の通り、中国代表団は仲裁手続に姿を見せず、欠席戦術をとりました。手続論としては、一方当事国の欠席は仲裁手続の続行を妨げることはなく(付属書VII第9条)、そうした欠席は特段「違法」というわけでもなく、紛争当事国が自らの利益に照らしてとりうるオプションの一つとしてむしろ想定の範囲内にあります。

1180. [...] China has been free to represent itself in these proceedings in the manner it considered most appropriate, including by refraining from any formal appearance, as it has in fact done. The decision of how best to represent China’s position is a matter for China, not the Tribunal. [...]

もっとも、国際司法裁判所の場合と同様、UNCLOS仲裁廷の場合にも、一方当事国が欠席の場合には、仲裁廷は「請求が事実及び法において十分な根拠を有すること'the claim is well founded in fact and law'」が求められます(付属書VII第9条)。こうした規定の存在から、従来、国際裁判において一方当事国が欠席した場合には、証明責任の分配規則が何らかの形で「事実上」あるいは「実際上」影響を受けるといった見方がなされることもありました。

しかし本仲裁廷は、(おそらく初めて)少なくとも原則論としては、欠席が通常の証明責任分配・証明度に影響を与えないことを明言します。

131. With respect to the duty to satisfy itself that the Philippines’ claims are well founded in fact and law, the Tribunal notes that Article 9 of Annex VII does not operate to change the burden of proof or to raise or lower the standard of proof normally expected of a party to make out its claims or defences. [...]

もっとも実際には、仲裁判断の中で中国側に証明責任を分配する形で処理した箇所は管見の限り見当たりません。もちろんこれは、フィリピンが中国の活動の違法性を問うという本件紛争の構図に由来するものであり、それ自体としては不自然ではありません(これまでの国際裁判における証明責任の分配については拙著158-181頁、248-289頁参照)。ですので、「欠席国が証明責任を負う」という命題と「仲裁廷・裁判所が(原告の)請求が事実及び法において十分な根拠を有することを確認する」との命題が実際上どのように両立するのかは、将来の例に委ねられたかたちになります。

この点、中国による埋立・人工島敷設活動の違法性を問う文脈で(請求第11及び12(B))、仲裁廷が中国に対して環境影響評価の報告書を提出するよう求めたにもかかわらず、これが提出されなかったという事実が、UNCLOS第206条違反を結論付ける文脈で言及されておりますが、これは必ずしも仲裁手続上中国側に証明責任が分配されていたことを前提とする判断ではないものと思われます。206条は、環境影響評価を実施するのみならず、その報告書を「公表」する義務を課しているため、仲裁手続における不提出の事実は、環境影響評価が公表されていないという心証を補強する位置づけが与えられているにとどまるものと考えられます。

991. The Tribunal cannot make a definitive finding that China has prepared an environmental impact assessment, but nor can it definitely find that it has failed to do so in light of the repeated assertions by Chinese officials and scientists that China has undertaken thorough studies. Such a finding, however, is not necessary in order to find a breach of Article 206. To fulfil the obligations of Article 206, a State must not only prepare an EIA but also must communicate it. The Tribunal directly asked China for a copy of any EIA it had prepared; China did not provide one. While acknowledging that China is not participating in the arbitration, China has nevertheless found occasions and means to communicate statements by its own officials, or by others writing in line with China’s interests. Therefore had it wished to draw attention to the existence and content of an EIA, the Tribunal has no doubt it could have done so. [...] Accordingly, the Tribunal finds that China has not fulfilled its duties under Article 206 of the Convention.

南シナ海仲裁解説(2) 伝統的漁業権の証明方法



(注記:本ポストの初出は2016年8月2日で、南シナ海仲裁判断の数ある論点のうちマイナーな点について書き連ねたものを旧ブログ(閉鎖済み)からこちらに移行したものです)

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■国際法上の私権としての伝統的漁業権

仲裁廷が違法と判断した中国の活動の1つに、フィリピン漁民が伝統的漁業に従事するのを阻害した点があります(主文第11)。この主文だけを読むと、中国の行為が何に違反したのかは一見して明らかではありませんが、判断理由を遡ると、フィリピン漁民を含めた個人は伝統的漁業に従事することについての「慣習国際法上の既得権」を有しており、それを阻害する中国の行為が、伝統的漁業権を尊重する国際法上の要請に適合しない、という推論であることが分かります。

812. In the Tribunal’s view, it is not necessary to explore the limits on the protection due in customary international law to the acquired rights of individuals and communities engaged in traditional fishing. The Tribunal is satisfied that the complete prevention by China of fishing by Filipinos at Scarborough Shoal over significant periods of time after May 2012 is not compatible with the respect due under international law to the traditional fishing rights of Filipino fishermen. [...]

■伝統的漁業権の証明方法

この伝統的漁業に従事する「既得権」あるいは「慣習に基づく権利'customary rights'」が、国際法によって承認された「私権'private rights'」であるという性格規定はそれ自体注目に値するかと思いますが(798・799・806項)、ここではそうした「権利」がどのようにして認定されたかに注目してみます。仲裁廷はまず、係争海域であるScarborough Shoalが伝統的な漁場であったことを認定しつつ、その歴史的記録は稀少であり、証拠資料が少ないことを認めます。

805. Based on the record before it, the Tribunal is of the view that Scarborough Shoal has been a traditional fishing ground for fishermen of many nationalities, including the Philippines, China (including from Taiwan), and Viet Nam. The stories of most of those who have fished at Scarborough Shoal in generations past have not been the subject of written records, and the Tribunal considers that traditional fishing rights constitute an area where matters of evidence should be approached with sensitivity. [...]

事案の性質上、多くの証拠資料が期待しえない場合に国際裁判においてどのような扱いがなされるべきかはそれ自体大きな問題ですが(詳細は拙著172-181頁参照)、本仲裁廷の場合、主張立証の結果だけでなく、両当事国が「誠実に」主張立証を行ったという仲裁手続上の態度を加味した上で懸案の「既得権」を肯定したと読める点が注目に値します。

805. [...] That certain livelihoods have not been considered of interest to official record keepers or to the writers of history does not make them less important to those who practise them. With respect to Scarborough Shoal, the Tribunal accepts that the claims of both the Philippines and China to have traditionally fished at the shoal are accurate and advanced in good faith.

口頭弁論終結時点での主張立証活動の成否という結果だけでなく、手続の最中における立証活動の行為態様を勘案したとも理解しうるこうした判断は、国際裁判でも先例が無いわけではないですが(詳細は拙著177-179頁参照)、かなり珍しい部類に属するものと考えられます。要するに、「誠実に」最善の立証活動を尽くしたことを認容根拠の1つとする推論であり、したがってその射程が気になりますが、'written records'の対象とならない事項という、かなりの限定がかかっておりますので、単に証拠が偏在しているとか証明が困難な場合に援用していくのは難しいかもしれません。

南シナ海仲裁解説(1) 海図の証拠価値



(注記:本ポストの初出は2016年8月1日で、南シナ海仲裁判断の数ある論点のうちマイナーな点について書き連ねたものを旧ブログ(閉鎖済み)からこちらに移行したものです)

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■海図の証拠価値


南シナ海の海洋地勢について、高潮時に水没してしまう低潮高地か、それとも水没しない「高潮地勢'high-tide features'」かを判断するに際して(この用語法は、仲裁判断のpara.280参照)、仲裁廷は、古い海図資料を重視する立場を一般論として示します。というのは、島も低潮高地も「自然に形成された陸地」であることが要件であるため(UNCLOS13条・121条1項)、自然状態を検討するためには、人工島建設や埋め立て工事が進められてしまった現在の姿ではなく、そうした中国の活動が行われる以前の状態を知る必要があるからであります。


327. Given the impossibility of direct, contemporary observation and the limitations on what can be achieved with remote sensing, the Tribunal considers that more convincing evidence concerning the status of features in the South China Sea is to be found in nautical charts, records of surveys, and sailing directions. Each of these sources, the Tribunal notes, represents a record of direct observation of the features at a past point in time. [...]


つまり、過去の海図が海洋地勢の性質決定に際して証拠価値を持つのは、それが過去の一定時点における作成者の直接的な知覚を表現するものであるからであり、ここから、海図の発行それ自体よりも、海図作成に至る調査活動がいつどのように行われたかを重視するアプローチが導かれるわけです。これに基づいて、具体的には、英国海軍および旧日本帝国軍が1930年代までに行った調査を重視するとの立場を示します(para. 329)。


■メディア報道の類推?


他方、フィリピン側弁護団はこれらに限らず、上記以外の国(フィリピン、中国、マレーシア、ヴェトナム・・・)が作成したとされる多くの海図を提出していました(Merits Hearing Day 2 Transcript p. 35)。しかし、仲裁廷はこれらを基本的には退けます。その理由は、それらの海図が、結局のところ英国および日本の海図のコピーに過ぎないとの判断によります。


330. The majority of the nautical charts of the South China Sea issued by different States, however, are to a greater or lesser extent copies of one another. Often, information is incorporated or outright copied from other, existing charts without express attribution. Where a chain of sources can be established, even very recent charts will often trace the majority of their data to British or Japanese surveys from the 1860s or 1930s. A more recently issued chart may, in fact, include little or no new information regarding a particular feature. Multiple charts depicting a feature in the same way do not, therefore, necessarily provide independent confirmation that this depiction accords with reality.


仲裁判断は特段先例を引用しておりませんが、この説示が念頭に置いているのは明らかに、無数のメディア報道は時として単一の情報源に帰着することがあり、その場合には、その元々の情報源しか証拠価値は持ちえないという、下記に掲げるICJニカラグア事件判決(1986年)の一節であります。


63. [...] The Court has however to show particular caution in this area. Widespread reports of a fact may prove on closer examination to derive from a single source, and such reports. however numerous, will in such case have no greater value as evidence than the original source. It is with this important reservation that the newspaper reports supplied to the Court should be examined in order to assess the facts of the case, and in particular to ascertain whether such facts were matters of public knowledge.

02 July 2020

日中二国間投資協定に基づく最初のICSID仲裁申立て





6月29日付で、日中投資協定(1988年)に基づくICSID仲裁申立てが1件事務局に登録されました(ICSID Case No. ARB/20/22)。同協定に基づくICSID仲裁申立てはおそらく初かと思われます。不動産建設関連の紛争であること以外は現時点では判明していません。もっとも、仲裁管轄の基礎を提供する日中投資協定第11条2項の紛争処理条項の(古いタイプの)限定的な規定振りからすれば、これが合意付託でないとするならば、本仲裁で扱われる事項の範囲を推測できるかもしれません。


20 June 2020

COVID-19と国際法(6) ハンガリーが無期限の緊急事態法を終了



感染症蔓延対策としてハンガリーが3月に採択した緊急事態法はその期限の定めがないことが批判を招いてきましたが、同法は6月16日に終了が可決されたようです。もっとも、同法の終了と同時に新法が採択され、同様の権限を現政権に付与することが可能となると報じられていますが、こちらは原文(は読めないのでその英仏語訳版)を入手してから検討したいと思います。

なお、本法に関してハンガリーは欧州人権条約第15条に基づくderogationを宣言・通告していません。COVID-19蔓延との関連で同条約に基づきderogationを宣言した国はこれまでのところ、アルバニア、アルメニア、エストニア、ジョージア、ラトビア、モルドバ、北マケドニア、ルーマニア、サンマリノ、セルビアがあります(リストはこちら)。


18 June 2020

紹介: Mass Claims (Jus Mundi)

国際投資仲裁データベースとして最近注目を集めているJus Mundiのコンテンツの1つに、Wiki Notesという、投資法関連のキーワードについて解説するものがあり、"Mass Claims"のエントリーで短い解説記事を書きましたので、ご笑覧ください。対アルゼンチン事例に加えて、最近の対キプロス事例まで踏まえております。投資仲裁における集団請求については、こちらの論説もあわせてどうぞ。

16 June 2020

COVID-19と国際法(5) WHO事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言



新型コロナウィルスCOVID-19の世界的蔓延の中、世界保健機関(WHO)の初期対応の鈍さや遅れを問題視する見方があります。特に、発生源と目される中国との関係でWHO事務局長が独立性を欠いていたとする批判は、一般市民の間でも一定の広がりをもって展開してきました。彼が果たして「中国寄り」であるか否かはさておき、事務局長の初期対応が適正であったか否かは国際保健規則(2005)に照らして評価することができます。このポストではこの点を概観します。

すでに紹介した通り、感染症蔓延対策の初期におけるWHO事務局長の最大の機能は、事象が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言することにあります(国際保健規則第12条)。そして、(中国に配慮して、あるいは中国の圧力を受けて)この宣言の発出が遅れたというのが米国政府の批判の1つです。

On January 21, 2020, President Xi Jinping of China reportedly pressured you not to declare the corona virus outbreak an emergency. You gave in to this pressure the next day and told the world that the coronavirus did not pose a Public Health Emergency of International Concern. Just over one week later, on January 30, 2020, overwhelming evidence to the contrary forced you to reverse course.

ただし、事務局長は自由に自らの判断で緊急事態と宣言することができるわけではなく、「緊急委員会の助言 (advice of the Emergency Committee)」を考慮しなければなりません(国際保健規則第12条4項(c))。同条がいう「緊急委員会」は常設の機関ではなく、事象ごとに召集される専門家集団です。そしてこれまでのところ、事務局長は緊急委員会の助言をそのまま追認する慣行のようです。したがって、事務局長による宣言の発出が遅れたか否かという問題は、事務局長個人のみならず、この緊急委員会がCOVID-19に関してどのように検討したかに一定部分かかっているということになります。

周知の通り、事務局長がCOVID-19に関して「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言したのは1月30日でしたが、これは緊急委員会の第2回目の会合の助言を踏まえたものでした。これに先立つ第1回目の会合の開催は1月22ー23日でしたが、その議事録上、委員の間で見解が分かれていたことが示されています。

On 22 January, the members of the Emergency Committee expressed divergent views on whether this event constitutes a PHEIC or not. At that time, the advice was that the event did not constitute a PHEIC, but the Committee members agreed on the urgency of the situation and suggested that the Committee should be reconvened in a matter of days to examine the situation further.

緊急委員会が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると結論しなかった以上、慣行に従う限り、WHO事務局長としては1月22-23日の時点で緊急事態を宣言する余地は小さかったのかもしれません。緊急委員会と事務局長のこうした関係性を所与とするならば、むしろ緊急委員会の判断過程こそ精査すべきということになりますが、公開されている議事録上は詳細の記述はなく、以前からその透明性を問題視する見方もあります。

05 June 2020

COVID-19と国際法(4) 対WHO訴訟と国際組織の免除



前回、中国(および中国共産党)を相手取った米国裁判所での集団訴訟について概観しました。これらに加えて、世界保健機関(WHO)に対するクラスアクションも一件確認されているので、今回はこれに触れてみたいと思います。

問題のクラスアクションをニューヨーク連邦地裁に提起した(うちの一人)はニューヨーク州在住の医師であり、WHOによる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生認定(その含意はこちら)が遅れたこと、武漢における感染症対策状況を適切に監視しなかったという不作為を問題視しています(para. 1)。コモンロー上の過失(negligence)に基づく請求であり(paras. 87-88)、それが成就するかはさておき、法律構成自体にはそこまで特異な点は見られないように思います。

問題は裁判管轄権の基礎であり、本訴訟でも、対中国訴訟の場合とほぼ同様に、外国主権免除法上の「商業活動例外」および「不法行為例外」の2つを援用し、それのみをもって簡単に裁判管轄権を基礎づけようとしております(para. 11)。が、この論理構成は少し敷衍を要します。

外国主権免除法に基づいて免除を享受するのは「外国国家」であり、その定義上、国際組織は含まれません。ただし米国法上、国際組織免除法という別の法律によって、外国国家と同等の免除(same immunity)が国際組織に認められています(22 USC §288a(b))。したがって、対WHO訴訟の原告は、同法適用の結果として、国際組織であるWHOの免除範囲も外国主権免除法が規定する、との前提に立っているとみることができるかもしれません。関連部分は以下の通りです。

(b) International organizations, their property and their assets, wherever located, and by whomsoever held, shall enjoy the same immunity from suit and every form of judicial process as is enjoyed by foreign governments, except to the extent that such organizations may expressly waive their immunity for the purpose of any proceedings or by the terms of any contract.

もっとも、この「同等の免除」は「デフォルト・ルール」であり(See JAM v. International Finance Corp. 586 U. S. ____ (2019))、個々の国際組織毎に異なるルールを策定することを妨げるものではありません。国連の免除を規定する国連特権免除条約が典型です(米国も当事国)。WHOを含めた国連専門機関の特権免除を定めた条約には米国は加盟しておりませんがWHO憲章本体にWHOの免除を規定する条文(67条)があります。こちらは米国も当事国です。

(a) The Organization shall enjoy in the territory of each Member such privileges and immunities as may be necessary for the fulfilment of its objective and for the exercise of its functions.
(b) Representatives of Members, persons designated to serve on the Board and technical and administrative personnel of the Organization shall similarly enjoy such privileges and immunities as are necessary for the independent exercise of their functions in connexion with the Organization.

したがって、対WHO訴訟においては、WHO憲章第67条に基づく免除の妥当も検討する必要があるように見受けられます。

なお、WHOを含め、国際組織の特権免除はその任務遂行の必要性に由来するものであり、主権の相互尊重や相互主義に由来する(と理解される)国家免除とは本来的に異なるのではないか、したがって米国法上両者が「同等の免除」を享受する原理的根拠は何か、という難問がありますが、判例上はうまく(ないかもしれませんがいずれにせよ)かわされています。

29 May 2020

COVID-19と国際法(3) 米国での集団訴訟



前回は、中国のCOVID-19関連対応を問うための国家間紛争処理メカニズム(の一部)を紹介しました。今回は、国内平面ではどのような問い方が可能であるのかについて少し見ていきたいと思います。この点、米国の裁判所では中国の対応の責任を問う集団訴訟がすでにいくつも提起されているため、まずは現状を把握する必要があります。

感染拡大状況がなお収束しない中(2020年5月末現在)、米国ではCOVID-19関連措置をめぐり、すでに無数のクラスアクションが様々な業種で提起されています。ローンや債務減免、教育機会、労働機会の喪失といった点を争う訴訟が目立ちますが、国際法上の含意を持ちそうな例としては、中国政府を相手取った訴訟(現時点で少なくとも5件確認)、そしてWHOを相手取った訴訟を挙げることができます(こちらは後日扱います)。

■中国を被告とする訴訟

まず、中国政府を相手取ったクラスアクションがこれまで、フロリダ州テキサス州ネヴァダ州カリフォルニア州において提起されています。これらのうち、テキサス州の事例を除く3件の訴状は(完全に同一ではないものの)かなり内容的に重複しており、とりわけ中国の行為を「極度有害活動 (ultrahazardous activity)」というコモンロー上の不法行為として構成している点が特徴的です。これに対し、テキサス州の事例は中国の行為を(米国法上の)「テロリズム」を構成するものと主張している点が注目されます(その含意は後述します)。

以上に加えて、ミズーリ州(のAttorney Generalが州を代表して)が中国政府を相手取り、ミズーリの連邦地裁に訴訟を提起しました。州(米国法上は"a sovereign State")が原告となる訴訟は私人が提起する訴訟に比べて様々な意味で含意があるためか、日本でも話題になった(ように)と思います。とはいえ、提訴主体が誰であれ、被告が外国国家であることから起因する最初のハードルである主権免除の問題を避けて通ることはできません。ので、次のこのミズーリ訴状を中心に、外国主権免除法の適用を検討してみます。

■外国主権免除

外国主権免除法(を規定する米国法律集第28編)第1604条に基づき、外国国家は「1605条から1607条に規定する場合を除いて」米国の裁判権から免除されます。そのため、米国で外国国家を相手取った訴訟を遂行するためには、同法の適用例外を見つける必要があるのですが、よく援用されるのが商業活動例外(第1605(a)(2)条)と不法行為例外(第1605(a)(5)条)であり、ミズーリ訴状もこれらを援用しています。

商業活動例外はさらにいくつかの下位分類がありますが、ミズーリ訴状が依拠するのはいわゆる「直接効果」基準に基づくものであり、次の文言に依拠しています。

"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of courts of the United States or of the States in any case(2) in which the action is based upon [...] an act outside the territory of the United States in connection with a commercial activity of the foreign state elsewhere and that act causes a direct effect in the United States".

ただこれによると、では中国のCOVID-19対策行為がいかなる「商業活動」と関連するのかが問題となりますが、訴状は、武漢および中国全土での医療制度運営や武漢ウイルス研究所の「商業的なウイルス研究 (commercial research on viruses)」などがこれに該当すると簡潔に述べるだけであり(40項)、この立論構成がどこまで説得的であるかが争点の1つとなるかと思います。

不法行為例外も複雑ですが、さしあたり次の関連個所が重要です。

"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of courts of the United States or of the States in any case—(5) [...] in which money damages are sought against a foreign state for personal injury or death, or damage to or loss of property, occurring in the United States and caused by the tortious act or omission of that foreign state [...]".

したがって損害が米国内で発生しているから同例外に該当する、というのがミズーリ訴状の立論ですが(42項)、損害だけでなく損害を与えた行為(不作為含む)も米国内で発生していなければ同条の適用はないというのが判例(735 F.2d 1517 (D.C. Cir. 1984))なので、この点をどう主張するかが課題となりそうです。

■テロリズム例外

以上のほかに、外国主権免除法上、テロリズム例外と呼びうる条項があります(複数の改正を経て、現行規定は2016年改正)。ミズーリ訴状は援用していませんが、テキサス訴訟が主としてこれに依拠していると見受けられ(4-5項)、特定はしてはいませんが、第1605B(b)(1)条の次の文言に依拠しているのではないかと推察されます。

"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of the courts of the United States in any case in which money damages are sought against a foreign state for physical injury to person or property or death occurring in the United States and caused by—(1) an act of international terrorism in the United States".

では、COVID-19関連における中国の活動の何が「国際テロリズム行為」なのでしょうか。この点も訴状は明確には特定していないように読めますが、どうやら、武漢の研究所が新型コロナウイルスを大気中に放出した(というバイオテロだ)、という事実認識を前提としているようです(62項)。もちろん、そうした事実を裏付ける証拠資料を原告側弁護人が持ち合わせているのか、筆者には定かではありません。

■中国共産党は「外国」ではないのか?

ミズーリ訴訟に話を戻しますと、ミズーリ州はさらに、中国政府とは別に「中国共産党」を被告に加えた上で、「中国共産党」に関しては主権免除法がいうところの「外国」ではなく、したがって主権免除を享受しない、との主張を展開します(44項)。同法上、"[a] 'foreign state' [...] includes a political subdivision of a foreign state or an agency or instrumentality of a foreign state"と規定されているにもかかわらず、です。ここで注目されるのが、ミズーリ訴状が、中国共産党は主権免除法において免除を享受しないと判断された先例が存在すると主張している点です。次の段落です。

"19. On information and belief, the Communist Party is not an organ or political subdivision of the PRC, nor is it owned by the PRC or a political subdivision of the PRC, and thus it is not protected by sovereign immunity. See, e.g., Yaodi Hu v. Communist Party of China, 2012 WL 7160373, at *3 (W.D. Mich. Nov. 20, 2012) (holding that the Communist Party of China is not entitled to immunity under the Foreign Sovereign Immunities Act)".

そこで、引用されているYaodi Hu v. Communist Party of Chinaなる事件がかなり気になってくるわけですが、(筆者は在宅勤務中でWestlawにアクセスできないので一般公開されている情報を踏まえますと、この事件は、中国・中国共産党・および3名の共産党幹部を被告とする外国人不法行為法に基づく請求であり、中国に対する請求は主権免除に基づいて、その他の請求については原告適格の不存在を理由としてすべて却下(すべきというMagistrate Judgeの報告書をDistrict Judgeが承認採用)した事件のようです。確かに、中国共産党に対する請求却下の根拠は主権免除ではなく原告適格ですが、だからといって中国共産党は主権免除を享受しないと述べているわけではないので、そうした判断をこの命令に読み込むことがどこまでできるのかはさらに詰める必要がありそうです。

28 May 2020

COVID-19と国際法(2) WHOにおける紛争処理メカニズム



COVID-19感染拡大に伴い、ウイルス発生源と目される中国の初期対応についての国際責任を問う議論が数多く登場してきています。事態が収束していない段階でのそうした議論の方向性が生産的であるか否かへの疑問前回少し触れました。中国の国際責任を問う報告書を英国のシンクタンクが公表したのに対し、中国系メディアが相次いで批判記事を掲載してきており(例えばこれこれ)、本主題はすでに政治的なディスコースの中にあるといえるかもしれません。ただ、下記に見ますように、裁判や仲裁といった国家間紛争処理メカニズムを用意しているのは他ならぬWHO憲章や国際保健規則(2005)です。そうしたオプションを通じていかなる範囲で責任追及が可能であるのかを整理しておくことは、世界保健体制に通底する原理を理解しようとすることにもなるかと思いますので、ここではそうした可能性について概観してみたいと思います。

世界保健法制の概要を少し


筆者は保健法制の専門家でも何でもないのですが、COVID-19感染拡大に伴う国家責任追及可能性の探求という観点から関連法文書を見ますと、さしあたり次のような3層構造で捉えればよいのではないかと考えております(間違っていたら教えてください)。

1つは、WHO憲章であり、中国を含めた190を超える国が加盟する、WHO(世界保健機関)という国際組織を設立する国際条約です。条約である以上、加盟国に対して義務を課しうる法文書ではありますが、国際組織設立条約という性質から、WHO内部機関の組織や運営に関する規定が多くを占めており、(国家責任追及の手がかりとなりそうな)加盟国の義務を規定する条文は多くは無いように見受けられます(後述します)。

そこで重要となるのが国際保健規則(2005)であり、感染症対策に関して加盟国に様々な義務を課しています("Each State Party shall" "States Parties shall"という文言が並びます)。国際保健規則それ自体は条約ではなく、WHO憲章第21条・22条に基づき総会が採択した法的拘束力ある文書です。法的拘束力がある以上、規定された義務内容の違反は国際責任を惹起します加盟国による国際機関への法定立権限の移譲例とみることができます。

この国際保健規則(2005)の第12条に基づき、(テレビで顔を見ない日はない)WHO事務局長は特定の感染症蔓延状況について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (a public health emergency of international concern)」を構成するか否かを認定する権限を有します。そして、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生を認定すれば、WHO事務局長は所定の手続に従って「暫定的勧告 (temporary recommendations)」を発することができます(同第15条)。COVID-19の場合には、本年1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言され、中国(To the People's Republic of China)および全国家(To all countries)に対して各種の勧告を行いました。国際保健規則からWHO事務局長へのルール定立権限の再委譲とみることができるかもしれませんが、この「暫定的勧告」は法的拘束力を持たず(国際保健規則第1条の定義規定参照)、したがって名宛人たる国家の法的責任を追及する根拠は提供しないものと思います。

以上のように、世界保健法制は、権限委譲関係という観点からWHO憲章・国際保健規則・暫定的勧告の3層構造で(ひとまず)捉えることができるかと思いますが、国家責任追及可能性という観点からは前2者が重要となります。そこで次に、これらにおける紛争処理条項の内容を見ていきたいと思います。

WHO憲章・国際保健規則(2005)の紛争処理条項


まず、国際保健規則(2005)はその第56条において、次のような規定により仲裁による紛争処理を認めています。

"1. In the event of a dispute between two or more States Parties concerning the interpretation or application of these Regulations, the States Parties concerned shall seek in the first instance to settle the dispute through negotiation or any other peaceful means of their own choice, including good offices, mediation or conciliation. Failure to reach agreement shall not absolve the parties to the dispute from the responsibility of continuing to seek to resolve it.
[...]
3. A State Party may at any time declare in writing to the Director-General that it accepts arbitration as compulsory with regard to all disputes concerning the interpretation or application of these Regulations to which it is a party or with regard to a specific dispute in relation to any other State Party accepting the same obligation".

この規定を手がかりとすれば、例えば中国政府がCOVID-19に関する公衆衛生情報を評価してから「24時間以内に」WHOに情報提供する義務、あるいは「正確かつ十分な」情報を提供する義務(国際保健規則第6条)に違反したという主張、仲裁を通じて追及できるようにも考えられます。もっとも最大の問題は、中国政府が本条項に基づいて仲裁管轄に同意する宣言を行った形跡はなく、また今後そうした宣言を行うことは考えにくいことであり、このオプションは事実上閉じられているとみてよいかと思います。

そこで、WHO憲章の紛争処理条項が注目されますが、憲章は第75条において次のような規定により国際司法裁判所への紛争付託を認めています。

"Any question or dispute concerning the interpretation or application of this Constitution which is not settled by negotiation or by the Health Assembly shall be referred to the International Court of Justice in conformity with the Statute of the Court, unless the parties concerned agree on another mode of settlement".

一見する限り、この規定振りは多数国間条約の裁判条項としては割と典型に属するものであり、当事国間交渉「あるいは」総会によって紛争が解決されなかったことを前提条件として国際司法裁判所への付託を認めるものと読めます。前提条件の細かな解釈は割愛しますが、いずれにせよ、WHO憲章の解釈適用に関する加盟国間紛争を裁判を通じて解決するという途が明示的に開かれている点が注目されます。

事項的管轄権の判断枠組み


ただし、この第75条を援用しつつ抽象的に「WHO憲章違反だ」と主張すれば直ちに国際司法裁判所に審理してもらえるわけではありません。WHO憲章のように特定の分野を規律する多数国間条約の裁判条項に基づいて紛争が付託される場合、裁判所は次のような定式で、付託されたが紛争が自らの管轄権の事項的範囲内にあるか否かを判断します。

"in order to determine the Court’s jurisdiction ratione materiae under a compromissory clause concerning disputes relating to the interpretation or application of a treaty, it is necessary to ascertain whether the acts of which the applicant complains 'fall within the provisions' of the treaty containing the clause" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 57).

したがって、WHO憲章の特定の条文に「収まる (fall within)」被告国の行為を特定する必要があります。予告しました通り、ここで問題となりそうなのが、WHO憲章はWHOの組織や運営に関する条文が多くを占めており、責任追及の手がかりとなりそうな国家の義務を規定する条文は必ずしも多くはないことです。以下、めぼしい条文についていくつか検討してみます(この点は我が畏友のポストがより詳細です)。

まず、"Each Member of the Organization on its part undertakes to respect the exclusively international character of the Director-General and the staff and not to seek to influence them"と規定する憲章第37条を根拠に、中国は、COVID-19に関する情報を隠蔽あるいは不正確な情報を提供することで、事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の認定を遅らせ、WHO事務局長及び職員に対して「影響力を及ぼそうとしない」義務に違反したという立論構成が提示されています。が、この場合、中国による情報隠蔽工作があったか否かという微妙かつ難しい事実証明が管轄権判断において求められることとなります。

次に、"Each Member shall communicate promptly to the Organization important laws, regulations, official reports and statistics pertaining to health which have been published in the State concerned"と規定する憲章第63条を根拠に、中国はCOVID-19に関する公式報告や統計を「速やかに (promptly)」提供する義務を怠った、という論理構成も一見したところありえそうですが、同条に基づいて提供すべき情報は「その国において公表された (published)」ものに限定されていますので、仮に何らかの情報隠蔽工作があったとしても、それだけではそうした行為が憲章第63条に「収まる」と結論付けることは難しそうです。

最後に、"Each Member shall provide statistical and epidemiological reports in a manner to be determined by the Health Assembly"と規定する憲章第64条が挙げられますが、これは少し複雑な解釈を要します。すなわち、加盟国は「保険総会が決定する態様(manner)において」統計的疫学的報告を提供すべきところ、ここでいう「態様」には総会が採択した国際保健規則(2005)が含まれ、したがって「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を構成しうる事象に関する情報の評価から24時間以内にWHOに通知しなければならないという国際保健規則第6条1項の不遵守は、同時に憲章第64条違反を構成しうる、といった論理構成です。もっともこの場合、具体的にどの行為が24時間のカウントダウンを開始したのかを特定する必要があります。6条1項の関連個所は次のような規定です。

"Each State Party shall notify WHO, by the most efficient means of communication available, by way of the National IHR Focal Point, and within 24 hours of assessment of public health information, of all events which may constitute a public health emergency of international concern within its territory in accordance with the decision instrument, as well as any health measure implemented in response to those events."
 

管轄権判断でどこまで事実問題に踏み込むか


以上の分析は国際司法裁判所の管轄権設定に関するものであり、中国の国際責任という本案には一切触れるものではありません。情報隠蔽工作やWHOへの情報提供の遅れ(の疑い)に言及しているのは、事項的管轄権の判断枠組みにおいてそれが要求されるからであり、本案に予断を与えるものではありません(この区別がなかなか理解されにくいことは、我が畏友のブログポストのコメント欄をみると分かります)。では、「そもそも情報隠蔽工作の事実などない」「中国はWHOに速やかに情報提供を行った」といったかたちでそもそもの事実認識が食い違う場合、裁判所としては管轄権判断の段階でどこまで事実問題に踏み込まねばならないのでしょうか。この論点は過去に何度か議論されてきており、最近の事件でも、管轄権判断の段階では事実認定は不要とする(=原告が主張する事実を真実と扱う)立場と、管轄権を基礎づける事実が存在することの見込み (plausibility)は少なくとも必要だとする立場が対立しました。が、裁判所の回答はあまり歯切れのよいものではなく、管轄権抗弁に関連する事実問題を検討すると述べるのみでした。

"At the present stage of the proceedings, an examination by the Court of the alleged wrongful acts or of the plausibility of the claims is not generally warranted. The Court’s task, as reflected in Article 79 of the Rules of Court of 14 April 1978 as amended on 1 February 2001, is to consider the questions of law and fact that are relevant to the objection to its jurisdiction" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 58).