という主題の小論を社会科学研究に寄稿しましたので、よろしければ御笑覧くださいませ。
International legal news mainly developments in litigation and arbitration, and sometimes my own updates
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10 May 2021
29 July 2020
COVID-19と国際法(8) 永住者・定住者の再入国制限措置と自由権規約上の「自国」に戻る権利
COVID-19感染拡大防止を理由として、日本政府は「当分の間」(そして7月29日現在)、一定の国・地域に滞在歴がある外国人等について、「特段の事情」がない限り、上陸を拒否しています。上陸拒否対象国・地域は4月以降漸次拡大されているため、措置の規定振りはかなり複雑となってきておりますが、要するに、上陸拒否の対象国・地域として追加された後に上陸拒否対象国に滞在した場合には、出入国管理及び難民認定法第5条1項14号にいう「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当し、日本への再入国を拒否するというスキームと理解されます。本措置の結果、日本に生活基盤がある外国人であっても、上陸拒否対象国・地域として追加されたのちに日本を出国し当該国・地域へと赴いた場合には、日本への再入国ができなくなっていることが問題視されているようです。
ここで国際法の観点から浮上するのが、「No one shall be arbitrarily deprived of the right to enter his own country」と規定する自由権規約第12条4項です。同項にいう「自国 (his own country)」は「国籍国」を意味するとするのが日本政府の解釈であり、したがって日本国籍を持たない外国人はそもそも12条4項の対象とはならないとの立場に立っています(これの32項参照)。これに対して自由権規約委員会は「自国 (his own country)」は「国籍国」よりも広い概念であり、「長期居住者 (long-term residents)」も含みうる、との立場に立っています(一般的意見第27)。「自国」は「国籍国」と同義ではない旨、1998年の日本報告書審査総括所見でも述べています(18項)。(坂元茂樹「『自国』に戻る権利」藤田久一他編『人権法と人道法の新世紀』(東信堂、2001年)149頁以下も併せて参照)
もっとも、仮に自由権規約委員会の解釈を前提としても、今般のCOVID-19関連の再入局制限措置が12条4項と整合的か否かを問うためには、もう1つ法律論に取り組む必要があります。12条4項は自国に戻る権利を「恣意的に (arbitrarily)」奪われないと規定していることから、恣意的でないと評価できれば権利制限を正当化しうる余地が残るためです。このあたりは、上陸拒否対象国・地域が追加されるたびに明確なアナウンスがあること(ただ、やや猶予期間が短い感はあります)、そして(おそらくは上陸拒否の対象国・地域として追加された後に日本を出国した場合であっても)「特に人道上配慮すべき事情があるとき」には再入国を許可する余地を残していること、などを踏まえた個別具体的な判断次第ということになります(法務省が挙げる具体例のリスト(6月12日現在)はこちら)。同時に、入国が許可される者に課すのと同様の検疫措置(PCR検査及び14日間の「自主」隔離)ではなぜ足りないのかも問う必要があるかと思われます。
8月4日追記:上記「特に人道上配慮すべき事情があるとき」の具体例一覧が7月31日付で更新されています。
28 July 2020
COVID-19と国際法(7) 国連安全保障理事会が最初のCOVID-19関連決議を採択
本年初頭からのCOVID-19の世界的蔓延をめぐっては、WHOのみならず、国連総会、国連事務総長、国連人権高等弁務官事務所など、数多くの国連機関が様々な対応を試みてきました。そのような中、国連安全保障理事会も7月1日にようやく最初のCOVID-19関連決議を採択しました(決議第2532号)。常任理事国である米中の政治的対立を背景として安保理にどのような行動が可能かが注目されてきましたが、現在進行中の武力紛争の停戦を呼びかける内容でまとまりました。発生源と目される中国に関しては一切の言及はありません。本決議が求める即時停戦から対ISIL・アルカイダ軍事作戦が除外されているのが興味深いです(3項)。
重要な安保理決議が採択されるたびにその法的拘束力の有無をどう考えるかが気になってくるわけですが、本決議は、第1項において"Demands"の強い動詞を用いて即時一般的な停戦を求めている点は法的拘束力を肯定する方向に読めそうですが、前文において、"the unprecedented extent of the COVID-19 pandemic is likely to endanger the maintenance of international peace and security"という、憲章第7章ではなく憲章第6章(第33・34・37条)に由来する文言を用いている点は、法的拘束力を否定する論拠となりそうです。もっとも、仮に法的拘束力が認められたとしても、国連加盟国ではない非国家武装勢力にも決議の効果が及ぶのかという問題は残りそうではあります。
20 June 2020
COVID-19と国際法(6) ハンガリーが無期限の緊急事態法を終了
感染症蔓延対策としてハンガリーが3月に採択した緊急事態法はその期限の定めがないことが批判を招いてきましたが、同法は6月16日に終了が可決されたようです。もっとも、同法の終了と同時に新法が採択され、同様の権限を現政権に付与することが可能となると報じられていますが、こちらは原文(は読めないのでその英仏語訳版)を入手してから検討したいと思います。
なお、本法に関してハンガリーは欧州人権条約第15条に基づくderogationを宣言・通告していません。COVID-19蔓延との関連で同条約に基づきderogationを宣言した国はこれまでのところ、アルバニア、アルメニア、エストニア、ジョージア、ラトビア、モルドバ、北マケドニア、ルーマニア、サンマリノ、セルビアがあります(リストはこちら)。
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16 June 2020
COVID-19と国際法(5) WHO事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言
新型コロナウィルスCOVID-19の世界的蔓延の中、世界保健機関(WHO)の初期対応の鈍さや遅れを問題視する見方があります。特に、発生源と目される中国との関係でWHO事務局長が独立性を欠いていたとする批判は、一般市民の間でも一定の広がりをもって展開してきました。彼が果たして「中国寄り」であるか否かはさておき、事務局長の初期対応が適正であったか否かは国際保健規則(2005)に照らして評価することができます。このポストではこの点を概観します。
すでに紹介した通り、感染症蔓延対策の初期におけるWHO事務局長の最大の機能は、事象が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言することにあります(国際保健規則第12条)。そして、(中国に配慮して、あるいは中国の圧力を受けて)この宣言の発出が遅れたというのが米国政府の批判の1つです。
On January 21, 2020, President Xi Jinping of China reportedly pressured you not to declare the corona virus outbreak an emergency. You gave in to this pressure the next day and told the world that the coronavirus did not pose a Public Health Emergency of International Concern. Just over one week later, on January 30, 2020, overwhelming evidence to the contrary forced you to reverse course.
ただし、事務局長は自由に自らの判断で緊急事態と宣言することができるわけではなく、「緊急委員会の助言 (advice of the Emergency Committee)」を考慮しなければなりません(国際保健規則第12条4項(c))。同条がいう「緊急委員会」は常設の機関ではなく、事象ごとに召集される専門家集団です。そしてこれまでのところ、事務局長は緊急委員会の助言をそのまま追認する慣行のようです。したがって、事務局長による宣言の発出が遅れたか否かという問題は、事務局長個人のみならず、この緊急委員会がCOVID-19に関してどのように検討したかに一定部分かかっているということになります。
周知の通り、事務局長がCOVID-19に関して「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言したのは1月30日でしたが、これは緊急委員会の第2回目の会合の助言を踏まえたものでした。これに先立つ第1回目の会合の開催は1月22ー23日でしたが、その議事録上、委員の間で見解が分かれていたことが示されています。
On 22 January, the members of the Emergency Committee expressed divergent views on whether this event constitutes a PHEIC or not. At that time, the advice was that the event did not constitute a PHEIC, but the Committee members agreed on the urgency of the situation and suggested that the Committee should be reconvened in a matter of days to examine the situation further.
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05 June 2020
COVID-19と国際法(4) 対WHO訴訟と国際組織の免除
前回、中国(および中国共産党)を相手取った米国裁判所での集団訴訟について概観しました。これらに加えて、世界保健機関(WHO)に対するクラスアクションも一件確認されているので、今回はこれに触れてみたいと思います。
問題のクラスアクションをニューヨーク連邦地裁に提起した(うちの一人)はニューヨーク州在住の医師であり、WHOによる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生認定(その含意はこちら)が遅れたこと、武漢における感染症対策状況を適切に監視しなかったという不作為を問題視しています(para. 1)。コモンロー上の過失(negligence)に基づく請求であり(paras. 87-88)、それが成就するかはさておき、法律構成自体にはそこまで特異な点は見られないように思います。
問題は裁判管轄権の基礎であり、本訴訟でも、対中国訴訟の場合とほぼ同様に、外国主権免除法上の「商業活動例外」および「不法行為例外」の2つを援用し、それのみをもって簡単に裁判管轄権を基礎づけようとしております(para. 11)。が、この論理構成は少し敷衍を要します。
外国主権免除法に基づいて免除を享受するのは「外国国家」であり、その定義上、国際組織は含まれません。ただし米国法上、国際組織免除法という別の法律によって、外国国家と同等の免除(same immunity)が国際組織に認められています(22 USC §288a(b))。したがって、対WHO訴訟の原告は、同法適用の結果として、国際組織であるWHOの免除範囲も外国主権免除法が規定する、との前提に立っているとみることができるかもしれません。関連部分は以下の通りです。
(b) International organizations, their property and their assets, wherever located, and by whomsoever held, shall enjoy the same immunity from suit and every form of judicial process as is enjoyed by foreign governments, except to the extent that such organizations may expressly waive their immunity for the purpose of any proceedings or by the terms of any contract.
もっとも、この「同等の免除」は「デフォルト・ルール」であり(See JAM v. International Finance Corp. 586 U. S. ____ (2019))、個々の国際組織毎に異なるルールを策定することを妨げるものではありません。国連の免除を規定する国連特権免除条約が典型です(米国も当事国)。WHOを含めた国連専門機関の特権免除を定めた条約には米国は加盟しておりませんが、WHO憲章本体にWHOの免除を規定する条文(67条)があります。こちらは米国も当事国です。
(a) The Organization shall enjoy in the territory of each Member such privileges and immunities as may be necessary for the fulfilment of its objective and for the exercise of its functions.(b) Representatives of Members, persons designated to serve on the Board and technical and administrative personnel of the Organization shall similarly enjoy such privileges and immunities as are necessary for the independent exercise of their functions in connexion with the Organization.
したがって、対WHO訴訟においては、WHO憲章第67条に基づく免除の妥当も検討する必要があるように見受けられます。
なお、WHOを含め、国際組織の特権免除はその任務遂行の必要性に由来するものであり、主権の相互尊重や相互主義に由来する(と理解される)国家免除とは本来的に異なるのではないか、したがって米国法上両者が「同等の免除」を享受する原理的根拠は何か、という難問がありますが、判例上はうまく(ないかもしれませんがいずれにせよ)かわされています。
29 May 2020
COVID-19と国際法(3) 米国での集団訴訟
前回は、中国のCOVID-19関連対応を問うための国家間紛争処理メカニズム(の一部)を紹介しました。今回は、国内平面ではどのような問い方が可能であるのかについて少し見ていきたいと思います。この点、米国の裁判所では中国の対応の責任を問う集団訴訟がすでにいくつも提起されているため、まずは現状を把握する必要があります。
感染拡大状況がなお収束しない中(2020年5月末現在)、米国ではCOVID-19関連措置をめぐり、すでに無数のクラスアクションが様々な業種で提起されています。ローンや債務減免、教育機会、労働機会の喪失といった点を争う訴訟が目立ちますが、国際法上の含意を持ちそうな例としては、中国政府を相手取った訴訟(現時点で少なくとも5件確認)、そしてWHOを相手取った訴訟を挙げることができます(こちらは後日扱います)。
■中国を被告とする訴訟
まず、中国政府を相手取ったクラスアクションがこれまで、フロリダ州、テキサス州、ネヴァダ州、カリフォルニア州において提起されています。これらのうち、テキサス州の事例を除く3件の訴状は(完全に同一ではないものの)かなり内容的に重複しており、とりわけ中国の行為を「極度有害活動 (ultrahazardous activity)」というコモンロー上の不法行為として構成している点が特徴的です。これに対し、テキサス州の事例は中国の行為を(米国法上の)「テロリズム」を構成するものと主張している点が注目されます(その含意は後述します)。
以上に加えて、ミズーリ州(のAttorney Generalが州を代表して)が中国政府を相手取り、ミズーリの連邦地裁に訴訟を提起しました。州(米国法上は"a sovereign State")が原告となる訴訟は私人が提起する訴訟に比べて様々な意味で含意があるためか、日本でも話題になった(ように)と思います。とはいえ、提訴主体が誰であれ、被告が外国国家であることから起因する最初のハードルである主権免除の問題を避けて通ることはできません。ので、次のこのミズーリ訴状を中心に、外国主権免除法の適用を検討してみます。
■外国主権免除
外国主権免除法(を規定する米国法律集第28編)第1604条に基づき、外国国家は「1605条から1607条に規定する場合を除いて」米国の裁判権から免除されます。そのため、米国で外国国家を相手取った訴訟を遂行するためには、同法の適用例外を見つける必要があるのですが、よく援用されるのが商業活動例外(第1605(a)(2)条)と不法行為例外(第1605(a)(5)条)であり、ミズーリ訴状もこれらを援用しています。
商業活動例外はさらにいくつかの下位分類がありますが、ミズーリ訴状が依拠するのはいわゆる「直接効果」基準に基づくものであり、次の文言に依拠しています。
"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of courts of the United States or of the States in any case—(2) in which the action is based upon [...] an act outside the territory of the United States in connection with a commercial activity of the foreign state elsewhere and that act causes a direct effect in the United States".
ただこれによると、では中国のCOVID-19対策行為がいかなる「商業活動」と関連するのかが問題となりますが、訴状は、武漢および中国全土での医療制度運営や武漢ウイルス研究所の「商業的なウイルス研究 (commercial research on viruses)」などがこれに該当すると簡潔に述べるだけであり(40項)、この立論構成がどこまで説得的であるかが争点の1つとなるかと思います。
不法行為例外も複雑ですが、さしあたり次の関連個所が重要です。
"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of courts of the United States or of the States in any case—(5) [...] in which money damages are sought against a foreign state for personal injury or death, or damage to or loss of property, occurring in the United States and caused by the tortious act or omission of that foreign state [...]".
したがって損害が米国内で発生しているから同例外に該当する、というのがミズーリ訴状の立論ですが(42項)、損害だけでなく損害を与えた行為(不作為含む)も米国内で発生していなければ同条の適用はないというのが判例(735 F.2d 1517 (D.C. Cir. 1984))なので、この点をどう主張するかが課題となりそうです。
■テロリズム例外
以上のほかに、外国主権免除法上、テロリズム例外と呼びうる条項があります(複数の改正を経て、現行規定は2016年改正)。ミズーリ訴状は援用していませんが、テキサス訴訟が主としてこれに依拠していると見受けられ(4-5項)、特定はしてはいませんが、第1605B(b)(1)条の次の文言に依拠しているのではないかと推察されます。
"A foreign state shall not be immune from the jurisdiction of the courts of the United States in any case in which money damages are sought against a foreign state for physical injury to person or property or death occurring in the United States and caused by—(1) an act of international terrorism in the United States".
では、COVID-19関連における中国の活動の何が「国際テロリズム行為」なのでしょうか。この点も訴状は明確には特定していないように読めますが、どうやら、武漢の研究所が新型コロナウイルスを大気中に放出した(というバイオテロだ)、という事実認識を前提としているようです(62項)。もちろん、そうした事実を裏付ける証拠資料を原告側弁護人が持ち合わせているのか、筆者には定かではありません。
■中国共産党は「外国」ではないのか?
ミズーリ訴訟に話を戻しますと、ミズーリ州はさらに、中国政府とは別に「中国共産党」を被告に加えた上で、「中国共産党」に関しては主権免除法がいうところの「外国」ではなく、したがって主権免除を享受しない、との主張を展開します(44項)。同法上、"[a] 'foreign state' [...] includes a political subdivision of a foreign state or an agency or instrumentality of a foreign state"と規定されているにもかかわらず、です。ここで注目されるのが、ミズーリ訴状が、中国共産党は主権免除法において免除を享受しないと判断された先例が存在すると主張している点です。次の段落です。
"19. On information and belief, the Communist Party is not an organ or political subdivision of the PRC, nor is it owned by the PRC or a political subdivision of the PRC, and thus it is not protected by sovereign immunity. See, e.g., Yaodi Hu v. Communist Party of China, 2012 WL 7160373, at *3 (W.D. Mich. Nov. 20, 2012) (holding that the Communist Party of China is not entitled to immunity under the Foreign Sovereign Immunities Act)".
そこで、引用されているYaodi Hu v. Communist Party of Chinaなる事件がかなり気になってくるわけですが、(筆者は在宅勤務中でWestlawにアクセスできないので)一般公開されている情報を踏まえますと、この事件は、中国・中国共産党・および3名の共産党幹部を被告とする外国人不法行為法に基づく請求であり、中国に対する請求は主権免除に基づいて、その他の請求については原告適格の不存在を理由としてすべて却下(すべきというMagistrate Judgeの報告書をDistrict Judgeが承認採用)した事件のようです。確かに、中国共産党に対する請求却下の根拠は主権免除ではなく原告適格ですが、だからといって中国共産党は主権免除を享受しないと述べているわけではないので、そうした判断をこの命令に読み込むことがどこまでできるのかはさらに詰める必要がありそうです。
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28 May 2020
COVID-19と国際法(2) WHOにおける紛争処理メカニズム
COVID-19感染拡大に伴い、ウイルス発生源と目される中国の初期対応についての国際責任を問う議論が数多く登場してきています。事態が収束していない段階でのそうした議論の方向性が生産的であるか否かへの疑問は前回少し触れました。中国の国際責任を問う報告書を英国のシンクタンクが公表したのに対し、中国系メディアが相次いで批判記事を掲載してきており(例えばこれやこれ)、本主題はすでに政治的なディスコースの中にあるといえるかもしれません。ただ、下記に見ますように、裁判や仲裁といった国家間紛争処理メカニズムを用意しているのは他ならぬWHO憲章や国際保健規則(2005)です。そうしたオプションを通じていかなる範囲で責任追及が可能であるのかを整理しておくことは、世界保健体制に通底する原理を理解しようとすることにもなるかと思いますので、ここではそうした可能性について概観してみたいと思います。
■世界保健法制の概要を少し
筆者は保健法制の専門家でも何でもないのですが、COVID-19感染拡大に伴う国家責任追及可能性の探求という観点から関連法文書を見ますと、さしあたり次のような3層構造で捉えればよいのではないかと考えております(間違っていたら教えてください)。
1つは、WHO憲章であり、中国を含めた190を超える国が加盟する、WHO(世界保健機関)という国際組織を設立する国際条約です。条約である以上、加盟国に対して義務を課しうる法文書ではありますが、国際組織設立条約という性質から、WHO内部機関の組織や運営に関する規定が多くを占めており、(国家責任追及の手がかりとなりそうな)加盟国の義務を規定する条文は多くは無いように見受けられます(後述します)。
そこで重要となるのが国際保健規則(2005)であり、感染症対策に関して加盟国に様々な義務を課しています("Each State Party shall" "States Parties shall"という文言が並びます)。国際保健規則それ自体は条約ではなく、WHO憲章第21条・22条に基づき総会が採択した法的拘束力ある文書です。法的拘束力がある以上、規定された義務内容の違反は国際責任を惹起します。加盟国による国際機関への法定立権限の移譲例とみることができます。
この国際保健規則(2005)の第12条に基づき、(テレビで顔を見ない日はない)WHO事務局長は特定の感染症蔓延状況について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (a public health emergency of international concern)」を構成するか否かを認定する権限を有します。そして、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生を認定すれば、WHO事務局長は所定の手続に従って「暫定的勧告 (temporary recommendations)」を発することができます(同第15条)。COVID-19の場合には、本年1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言され、中国(To the People's Republic of China)および全国家(To all countries)に対して各種の勧告を行いました。国際保健規則からWHO事務局長へのルール定立権限の再委譲とみることができるかもしれませんが、この「暫定的勧告」は法的拘束力を持たず(国際保健規則第1条の定義規定参照)、したがって名宛人たる国家の法的責任を追及する根拠は提供しないものと思います。
以上のように、世界保健法制は、権限委譲関係という観点からWHO憲章・国際保健規則・暫定的勧告の3層構造で(ひとまず)捉えることができるかと思いますが、国家責任追及可能性という観点からは前2者が重要となります。そこで次に、これらにおける紛争処理条項の内容を見ていきたいと思います。
■WHO憲章・国際保健規則(2005)の紛争処理条項
まず、国際保健規則(2005)はその第56条において、次のような規定により仲裁による紛争処理を認めています。
"1. In the event of a dispute between two or more States Parties concerning the interpretation or application of these Regulations, the States Parties concerned shall seek in the first instance to settle the dispute through negotiation or any other peaceful means of their own choice, including good offices, mediation or conciliation. Failure to reach agreement shall not absolve the parties to the dispute from the responsibility of continuing to seek to resolve it.[...]3. A State Party may at any time declare in writing to the Director-General that it accepts arbitration as compulsory with regard to all disputes concerning the interpretation or application of these Regulations to which it is a party or with regard to a specific dispute in relation to any other State Party accepting the same obligation".
この規定を手がかりとすれば、例えば中国政府がCOVID-19に関する公衆衛生情報を評価してから「24時間以内に」WHOに情報提供する義務、あるいは「正確かつ十分な」情報を提供する義務(国際保健規則第6条)に違反したという主張を、仲裁を通じて追及できるようにも考えられます。もっとも最大の問題は、中国政府が本条項に基づいて仲裁管轄に同意する宣言を行った形跡はなく、また今後そうした宣言を行うことは考えにくいことであり、このオプションは事実上閉じられているとみてよいかと思います。
そこで、WHO憲章の紛争処理条項が注目されますが、憲章は第75条において次のような規定により国際司法裁判所への紛争付託を認めています。
"Any question or dispute concerning the interpretation or application of this Constitution which is not settled by negotiation or by the Health Assembly shall be referred to the International Court of Justice in conformity with the Statute of the Court, unless the parties concerned agree on another mode of settlement".
一見する限り、この規定振りは多数国間条約の裁判条項としては割と典型に属するものであり、当事国間交渉「あるいは」総会によって紛争が解決されなかったことを前提条件として国際司法裁判所への付託を認めるものと読めます。前提条件の細かな解釈は割愛しますが、いずれにせよ、WHO憲章の解釈適用に関する加盟国間紛争を裁判を通じて解決するという途が明示的に開かれている点が注目されます。
■事項的管轄権の判断枠組み
ただし、この第75条を援用しつつ抽象的に「WHO憲章違反だ」と主張すれば直ちに国際司法裁判所に審理してもらえるわけではありません。WHO憲章のように特定の分野を規律する多数国間条約の裁判条項に基づいて紛争が付託される場合、裁判所は次のような定式で、付託されたが紛争が自らの管轄権の事項的範囲内にあるか否かを判断します。
"in order to determine the Court’s jurisdiction ratione materiae under a compromissory clause concerning disputes relating to the interpretation or application of a treaty, it is necessary to ascertain whether the acts of which the applicant complains 'fall within the provisions' of the treaty containing the clause" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 57).
したがって、WHO憲章の特定の条文に「収まる (fall within)」被告国の行為を特定する必要があります。予告しました通り、ここで問題となりそうなのが、WHO憲章はWHOの組織や運営に関する条文が多くを占めており、責任追及の手がかりとなりそうな国家の義務を規定する条文は必ずしも多くはないことです。以下、めぼしい条文についていくつか検討してみます(この点は我が畏友のポストがより詳細です)。
まず、"Each Member of the Organization on its part undertakes to respect the exclusively international character of the Director-General and the staff and not to seek to influence them"と規定する憲章第37条を根拠に、中国は、COVID-19に関する情報を隠蔽あるいは不正確な情報を提供することで、事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の認定を遅らせ、WHO事務局長及び職員に対して「影響力を及ぼそうとしない」義務に違反したという立論構成が提示されています。が、この場合、中国による情報隠蔽工作があったか否かという微妙かつ難しい事実証明が管轄権判断において求められることとなります。
次に、"Each Member shall communicate promptly to the Organization important laws, regulations, official reports and statistics pertaining to health which have been published in the State concerned"と規定する憲章第63条を根拠に、中国はCOVID-19に関する公式報告や統計を「速やかに (promptly)」提供する義務を怠った、という論理構成も一見したところありえそうですが、同条に基づいて提供すべき情報は「その国において公表された (published)」ものに限定されていますので、仮に何らかの情報隠蔽工作があったとしても、それだけではそうした行為が憲章第63条に「収まる」と結論付けることは難しそうです。
最後に、"Each Member shall provide statistical and epidemiological reports in a manner to be determined by the Health Assembly"と規定する憲章第64条が挙げられますが、これは少し複雑な解釈を要します。すなわち、加盟国は「保険総会が決定する態様(manner)において」統計的疫学的報告を提供すべきところ、ここでいう「態様」には総会が採択した国際保健規則(2005)が含まれ、したがって「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を構成しうる事象に関する情報の評価から24時間以内にWHOに通知しなければならないという国際保健規則第6条1項の不遵守は、同時に憲章第64条違反を構成しうる、といった論理構成です。もっともこの場合、具体的にどの行為が24時間のカウントダウンを開始したのかを特定する必要があります。6条1項の関連個所は次のような規定です。
"Each State Party shall notify WHO, by the most efficient means of communication available, by way of the National IHR Focal Point, and within 24 hours of assessment of public health information, of all events which may constitute a public health emergency of international concern within its territory in accordance with the decision instrument, as well as any health measure implemented in response to those events."
■管轄権判断でどこまで事実問題に踏み込むか
以上の分析は国際司法裁判所の管轄権設定に関するものであり、中国の国際責任という本案には一切触れるものではありません。情報隠蔽工作やWHOへの情報提供の遅れ(の疑い)に言及しているのは、事項的管轄権の判断枠組みにおいてそれが要求されるからであり、本案に予断を与えるものではありません(この区別がなかなか理解されにくいことは、我が畏友のブログポストのコメント欄をみると分かります)。では、「そもそも情報隠蔽工作の事実などない」「中国はWHOに速やかに情報提供を行った」といったかたちでそもそもの事実認識が食い違う場合、裁判所としては管轄権判断の段階でどこまで事実問題に踏み込まねばならないのでしょうか。この論点は過去に何度か議論されてきており、最近の事件でも、管轄権判断の段階では事実認定は不要とする(=原告が主張する事実を真実と扱う)立場と、管轄権を基礎づける事実が存在することの見込み (plausibility)は少なくとも必要だとする立場が対立しました。が、裁判所の回答はあまり歯切れのよいものではなく、管轄権抗弁に関連する事実問題を検討すると述べるのみでした。
"At the present stage of the proceedings, an examination by the Court of the alleged wrongful acts or of the plausibility of the claims is not generally warranted. The Court’s task, as reflected in Article 79 of the Rules of Court of 14 April 1978 as amended on 1 February 2001, is to consider the questions of law and fact that are relevant to the objection to its jurisdiction" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 58).
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26 May 2020
COVID-19と国際法(1) 感染症関連の訴訟状況
COVID-19感染拡大状況の中、米国ミズーリ州が中国を相手取り不法行為請求訴訟を提起したことは、日本でも少し話題となったかと思います。COVID-19関連訴訟としては他にも、スイス連邦政府が実施したウイルス対策措置の違憲性を争う訴訟は連邦裁判所によりすでに退けられ、ナイジェリア政府がウイルス対策の名のもとに人権侵害行為を行っているとの申立てがECOWAS司法裁判所に係属したと報じられています。この後者の事例は、私の知りうる限りでは、COVID-19関連措置が国際裁判の俎上に乗る最初の事件かもしれないです。
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