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15 July 2025

欧州人権裁判所、並行する他の国際手続の存在を踏まえつつ救済判断を先送り

 

Ukraine & Netherlands v. Russiaの本案判決が下されました。欧州人権条約上の「管轄」概念から責任法上の行為帰属まで多岐にわたる注目判断を含んでおり、早くも解説が出てきていますが、ここではあまり取り上げられない並行手続との関係をめぐる裁判所の判断について触れておきたいと思います。

ロシアによるウクライナ侵攻後、無数の個人申立が欧州人権裁判所に係属中である一方で、来るべき戦後処理を見据えたウクライナ損害登録制度(RD4U)が設立され、すでに登録申請の受付を開始しています。そのため、両手続の関係がかねてから論じられてきましたところ(拙稿参照)、裁判所は、損害登録制度が始動している状況を踏まえつつ、救済判断(「正当な満足」)を行う段階には達していないとして、判断を先送りする処理をしました。と同時に、将来の救済判断に際してはそうした損害登録制度の動きを考慮する旨予め明言しています。

1649. The unprecedented nature of the present case is further underlined by the fact that, in May 2023, the Council of Europe established a Register of Damage Caused by the Aggression of the Russian Federation against Ukraine. The express purpose of this Register is to “serve as a record, in documentary form, of evidence and claims information on damage, loss or injury caused to all natural and legal persons concerned, as well as the State of Ukraine (including its regional and local authorities, State-owned or controlled entities), caused on or after 24 February 2022 in the territory of Ukraine within its internationally recognised borders, extending to its territorial waters, by Russian Federation’s internationally wrongful acts in or against Ukraine” (see paragraph 91 above and B352). According to its Statute, the work of the Register is intended to constitute the first component of a future international compensation mechanism to be established by a separate international instrument in co-operation with Ukraine (B352). On 2 April 2024 the Register of Damage opened the claims submission process (see paragraph 92 above).

1650. Against this background and given the nature of many of the violations found, the Court considers that the question of the application of Article 41 of the Convention is not yet ready for decision. Moreover, the Court considers that any future award made in respect of the applicant Ukrainian Government in the present case pursuant to Article 41 of the Convention must have due regard to the establishment of the Register of Damages and the ongoing discussions concerning a future compensation mechanism.

また、本件はマレーシア航空機(MH17)撃墜事件にかかるオランダの申立も併合して審理されていたところ、同撃墜事件は国際民間航空機関(ICAO)の紛争処理手続でも扱われてきており、ロシアの義務違反を認定する判断が本年5月に示されていました。そのため、同撃墜事件にかかるICAOと欧州人権裁判所の賠償判断の関係もまた問われるところ、裁判所は、こちらについても同様に判断を先送りする処理をしました。その際、本案審理に際して併合していたMH17撃墜事件にかかる手続について、「正当な満足」の審理手続では分離する処理をした点は興味深いです

1651. As regards the downing of flight MH17, the applicant Dutch Government have invoked the State responsibility of the Russian Federation and the ICAO Council has recently found that State to have failed in its international law obligations in respect of the downing; it is now considering what form of reparations are in order (see paragraphs 131 and 134-137 above) and it will be important to take any further developments in this respect into account when making an award for just satisfaction in respect of the applicant Dutch Government. It will also be important to have regard in this context to the processing of the individual applications lodged before this Court by relatives of those who lost their lives on flight MH17 (see paragraph 18 above).

1652. For these reasons, the Court finds it appropriate to disjoin application no. 28525/20 lodged by the applicant Dutch Government from the remainder of the case to permit the examination of the just satisfaction claims in that application separately.

17 September 2022

ロシアによる欧州人権条約廃棄の効力発生


2月25日に欧州評議会代表権が停止され、3月2日付の閣僚理事会決議では欧州人権条約の加盟国としての地位に影響しないことが確認されたものの、欧州評議会からのロシアの即時脱退を求める同15日付の議員会議意見と、ロシア政府より同日に提出された評議会脱退および条約廃棄の通告を踏まえ、閣僚理事会は3月16日付でロシアの欧州評議会加盟国資格の喪失を決議していました。その結果、欧州人権条約第58条の規定に基づき、通告から6か月後の9月16日にロシアの欧州人権条約の加盟国たる地位が喪失することを裁判所側も確認しており、昨日、その期日を迎えることになりました。これに伴い、ロシア国籍裁判官も裁判所の席を失うこととなりました。

今後数多く持ち込まれるであろう、ウクライナ侵攻に起因する対ロシア申立については、この9月16日が時間的管轄を決する決定的期日としてカギとなることが見込まれます。

27 January 2022

ヤンゴン地裁、キリン子会社清算申立てを却下


2021年2月に発生した軍のクーデターの後、キリンホールディングスはミャンマーで展開していた合弁事業の解消を表明し、合弁の相手方である国軍系企業がキリン現地子会社の清算を現地裁判所に申し立てていたところ、ヤンゴン西地裁は26日、本清算申立を却下する命令を下しました。親会社であるキリンホールディングスが同日発表しました。

キリンの分が悪い」との事前評からすると、やや意外な展開にも思われます。

申立却下の根拠は詳細には明らかにされていませんが、同発表によれば、申立ての制定法上の根拠の誤りとのことであり、異なる制定法の根拠に基づく再度の清算申立てがありうるとのことです。

キリンの合弁解消をめぐっては当事者間の交渉が難航していることが報じられてきており、国軍系企業側は現地の裁判所で手続きを進める一方、キリン側はシンガポール国際仲裁センターを通じた商事仲裁による合弁の解消を目指しています。

13 October 2021

子どもの権利条約委員会、気候変動にかかる個人通報を却下


気候変動に関して適切な防止・予防措置を取らないことが子どもの権利条約に違反すると主張されていた個人通報事例(被申立国はアルゼンチンフランスドイツ等)で、子どもの権利条約委員会は通報の受理不能却下を決定しました。決定が一般に公表されたのは10月12日でしたが、採択日は9月22日となっています。

却下の理由は国内救済の未完了であり、その推論(救済を得られる見込みについて単に疑義を持つだけでは救済完了を免除しない:10.18項)も穏当なものですが、通報者の1人にGreta Thunberg氏が含まれていたため、多くのメディアが(ややセンセーショナルに)報じております。もっとも、通報者の氏名は国籍国のアルファベット名順に記載され、筆頭に記載されるのは別の個人(アルゼンチンの環境活動家のようです)の氏名となり、"Chiara Sacchi et al. v. Argentina [France/Germany/...]"として引用するのが正式になるかと思います。もっとも、敢えて"Greta Thunberg et al. v. Argentina"等として引用したからといって「誤り」ということにはならないかもしれませんが。

01 June 2021

人種差別撤廃委、パレスチナ対イスラエルの国家通報の受理可能性を肯定

 


4月30日付の決定が公開されました。通報の受理可能性を肯定する結論に至っております(65項)。その主たる論拠である、通報が個別の人権侵害事例ではなく「a “generalized policy and practice”」に関して申し立てている場合には国内救済を完了する必要はないとの判断は(63項)、すでにカタール対アラブ首長国連邦の通報事例でなされた受理可能性判断を踏襲するものであり(40項)、本判断は大方の予想通りだったかと思います。

本件で目新しいのは、人種差別撤廃委員会は、そうした「a "generalized policy and practice"」の存在は単に通報国が主張すれば足りるわけではなく、証拠による疎明(prima facie evidence)を要すると述べた点にあります(63項)。この点は一見すると当然に思われるかもしれませんが、先のカタール対アラブ首長国連邦の事件では本案に併合していました(41項)。また、人種差別撤廃条約に関する国家間紛争(ウクライナ対ロシア)を扱う国際司法裁判所は、むしろ一切証拠を参照せずに原告の申立の定式のみを根拠に国内救済完了原則の不適用を結論している(ように読める)ため(130項)、異なるアプローチがありうることが示唆されています。

なお、本受理可能性判断に先立つ管轄権判断の審理手続をある意味紛糾させた(?)国連法務局のメモランダムも公開されているようですので、こちらもあわせてどうぞ。

08 October 2020

欧州人権裁判所、ナゴルノ・カラバフ紛争関連申立でトルコにも暫定措置を命令

 


9月末に再燃したナゴルノ・カラバフ紛争に関連して、アルメニアがアゼルバイジャンを相手取り欧州人権裁判所に国家間申立を提起し、裁判所は双方に対して軍事行動を控えるよう求める暫定措置を命じていました(9月29日)。その後、アルメニアは今度はトルコを相手取った国家間申立を提起し(10月4日)、裁判所は10月6日付でやはり暫定措置を命令しました。プレスリリースによれば、次のような内容の措置が命じられたとのことです(強調本文)。

"Taking account of the escalation of the conflict, the Court has decided to apply Rule 39 of the Rules of Court (interim measures) again. It now calls on all States directly or indirectly involved in the conflict, including Turkey, to refrain from actions that contribute to breaches of the Convention rights of civilians, and to respect their obligations under the Convention".

同紛争に関連してトルコによるアゼルバイジャン支援が注目されている中での司法判断となりました。対アゼルバイジャン措置の場合には生命権(第2条)や拷問禁止(第3条)といった具体的義務への言及があったのに対し、上記の対トルコ措置においては条約順守を一般的に求めるにとどまっている点が注目されるかと思います。

29 July 2020

COVID-19と国際法(8) 永住者・定住者の再入国制限措置と自由権規約上の「自国」に戻る権利



COVID-19感染拡大防止を理由として、日本政府は「当分の間」(そして7月29日現在)、一定の国・地域に滞在歴がある外国人等について、「特段の事情」がない限り、上陸を拒否しています。上陸拒否対象国・地域は4月以降漸次拡大されているため、措置の規定振りはかなり複雑となってきておりますが、要するに、上陸拒否の対象国・地域として追加された後に上陸拒否対象国に滞在した場合には、出入国管理及び難民認定法第5条1項14号にいう「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当し、日本への再入国を拒否するというスキームと理解されます。本措置の結果、日本に生活基盤がある外国人であっても、上陸拒否対象国・地域として追加されたのちに日本を出国し当該国・地域へと赴いた場合には、日本への再入国ができなくなっていることが問題視されているようです。

ここで国際法の観点から浮上するのが、「No one shall be arbitrarily deprived of the right to enter his own country」と規定する自由権規約第12条4項です。同項にいう「自国 (his own country)」は「国籍国」を意味するとするのが日本政府の解釈であり、したがって日本国籍を持たない外国人はそもそも12条4項の対象とはならないとの立場に立っています(これ32項参照)。これに対して自由権規約委員会は「自国 (his own country)」は「国籍国」よりも広い概念であり、「長期居住者 (long-term residents)」も含みうる、との立場に立っています(一般的意見第27)。「自国」は「国籍国」と同義ではない旨、1998年の日本報告書審査総括所見でも述べています(18項)。(坂元茂樹「『自国』に戻る権利」藤田久一他編『人権法と人道法の新世紀』(東信堂、2001年)149頁以下も併せて参照)

もっとも、仮に自由権規約委員会の解釈を前提としても、今般のCOVID-19関連の再入局制限措置が12条4項と整合的か否かを問うためには、もう1つ法律論に取り組む必要があります。12条4項は自国に戻る権利を「恣意的に (arbitrarily)」奪われないと規定していることから、恣意的でないと評価できれば権利制限を正当化しうる余地が残るためです。このあたりは、上陸拒否対象国・地域が追加されるたびに明確なアナウンスがあること(ただ、やや猶予期間が短い感はあります)、そして(おそらくは上陸拒否の対象国・地域として追加された後に日本を出国した場合であっても)特に人道上配慮すべき事情があるとき」には再入国を許可する余地を残していること、などを踏まえた個別具体的な判断次第ということになります(法務省が挙げる具体例のリスト(6月12日現在)はこちら)。同時に、入国が許可される者に課すのと同様の検疫措置(PCR検査及び14日間の「自主」隔離)ではなぜ足りないのかも問う必要があるかと思われます。

8月4日追記:上記「特に人道上配慮すべき事情があるとき」の具体例一覧が7月31日付で更新されています。

11 July 2020

オランダ、MH17便撃墜事件につきロシアを相手取り欧州人権裁判所に国家間申立



2014年7月にウクライナ東部で発生したマレーシア航空MH17便の撃墜事件(乗客乗員298名全員死亡)について、最大の犠牲者数(196名)をかぞえたオランダ政府は7月10日、事件への関与が疑われるロシアを相手取り、欧州人権裁判所へ提訴することを決定しました。オランダ政府のウェブサイトで発表されています。すでに遺族による個人申立が2件ほど係属しておりますが、本件は国家間申立です。

MH17便撃墜事件については他にも、事件に関与した個人に対する捜査・刑事訴追が行われてきております。オランダ外務省が作成したこのページに分かりやすくまとめられております。