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20 September 2025

国際司法裁判所、マリ提訴事件に係るプレスリリースのタイトルを訂正

アルジェリアにより自国の偵察用ドローンが撃墜されたと主張するマリによる国際司法裁判所への提訴の動きがかねてから報じられてきましたところ、裁判所書記局は19日付プレスリリースでその旨公表しました。ところが書記局は、当初のプレスリリース公表の数時間後に、タイトルを修正した上で訂正を発出しています。一見する限り、内容的な相違は大きくなさそうであるにもかかわらず、プレスリリースのタイトルを訂正する必要がなぜあったのかが気になる人もいるかと思いますので、ありうる説明を少し模索してみたいと思います。なお、改訂版への差替え後は、当初のプレスリリースを裁判所ウェブサイトからは閲覧できませんが、当初の版をスクショしている方がいらっしゃるので、保存していない方はそちらをご覧ください。

現在閲覧可能な改訂版のタイトルは、"Mali files an application with the Court concerning a dispute with Algeria"であるのに対して、当初の版は"Mali institutes proceedings against Algeria"となっていましたので、原告提訴を表現する動詞が修正されたことが分かります。この点、請求訴状の提出による一方的提訴の場合には、後者の表現を用いるのがむしろ通例でした(最近の例では、リトアニア提訴事件フランス提訴事件スーダン提訴事件)。したがって、いったんはそれに倣ったにもかかわらず、今回書記局が異なる表現に変更した上で訂正版を発出した理由が何かが気になるわけですが、ありうる1つの説明は、マリの請求訴状が援用する裁判管轄権の基礎が応訴管轄のみであり、規則38条5項に基づき(アルジェリアが裁判所の管轄権に同意するまで)総件名簿に記載しない運用であることの反映ということが挙げられます。事実、9か国を相手取ったマーシャル諸島提訴事件の請求訴状は、うち6か国にとの関係では応訴管轄のみが裁判管轄権の基礎であったところ、書記局のプレスリリースは今回と同様の表現を用いていましたので、当該先例を踏まえた修正とみることができます。

そうだとすれば、書記局は、総件名簿への記載に至るか否かで原告による訴状提出を記述する動詞を使い分けており、「file」にはそうした予断を持たない中立的な意味で用いたのだと整理できそうです。が、なかなかそうはいかず、同日に公表されたロシアによる豪州・オランダを相手取った提訴事件のプレスリリースは、管轄権基礎が明示されているにもかかわらず(シカゴ条約84条)、マリ提訴事件の運用と平仄を併せるがの如く「file」の動詞で表現されています。にもかかわらず、プレスリリース本文では「institute」の動詞が用いられ、かつこちらは総件名簿への記載に至っているようです。

書記局プレスリリースの表現に厳密な一貫性を求めるべきではないのか、それとも他の説明が可能なのか、もう少し模索してみたいところです。

21 May 2022

カナダ他40数か国、ウクライナによる対ロシア事件への訴訟参加を検討

 

ロシアによる「特別軍事作戦」開始の口実にもされたウクライナ・ドンバス地域の「ジェノサイド」については、その不存在確認を求めるウクライナの訴訟が注目を集めてきていますが、同手続への訴訟参加を検討する旨、20日付でカナダ政府が40数か国(+欧州連合)を代表して発表しました。

"Reaffirming our commitment to accountability and the rules-based international order, we hereby express our joint intention to explore all options to support Ukraine in its efforts before the ICJ and to consider a possible intervention in these proceedings."

共同声明発表国のうち、ルーマニア政府が一足先に発表していましたが、ウクライナ側の明示の要請が(少なくともルーマニア政府に対して)あったようです(ルーマニア外務省プレスリリース・原文はルーマニア語)。

訴訟参加の方式としては、裁判の影響を受ける利害関係国としての参加(規程62条)と、多数国間条約の解釈が問題となる場合の他の締約国の参加(規程63条2項)の2つがありますが、そもそもジェノサイド条約の締約国ではない国の名前がいくつか連なっており(マーシャル諸島、ミクロネシア、そして日本)、(欧州連合はともかく)これらの国がどのように訴訟参加の可能性を模索しているのかが気になります。

16 March 2022

豪蘭、マレーシア航空17便(MH17)撃墜事件につきICAO理事会に共同付託

 


14日付で発表されました(オランダ政府の発表はこちらも)。(ブログ著者が聞き逃していなければ)「法的手続(legal proceedings)」を開始するとのみ述べられていますが、シカゴ条約上、締約国が付託する事項(matter)をICAO理事会が検討する手続(第54条n号)と、条約の解釈適用をめぐる締約国間の意見の相違(disagreement)について理事会が決定する手続(第84条)とがあります。ロシアの条約違反および責任を追及するという趣旨の言及、およびロシアが交渉から離脱した事実を強調していることから、後者の手続を念頭に置いたものと推察されます。ICAO理事会への紛争付託の前提条件として、当該紛争が「交渉により解決されない」ものであったことが求められており(同条)、本要件が充足していることを指摘する趣旨と位置づけられるかと思います。

締約国の代表からなるICAO理事会は、個人が独立の資格で行動するような司法機関ではないことから、どのような判断が下されるか予測が難しいところがあります。もっとも、ICAO理事会の決定に不服の場合には、アドホック仲裁廷あるいは国際司法裁判所への「上訴」も可能な仕組みとなっています(84条)。

MH17撃墜事件については、ウクライナがロシアを相手取り国際司法裁判所に提訴した係属中の事件の一部にも含まれていますが、本件とは紛争当事国が異なるに加えて請求原因となる国際条約も異なるため、仮に国際司法裁判所に「上訴」されるとしても、重複訴訟が問題となる余地は少ないかと思います。オランダは、欧州人権裁判所にもロシアを相手取った国家間申立を付託していますが、オーストラリアについては本件が最初の国際的な手続と思われます。犠牲者298名中、38名が豪州国籍と報告されています。

11 December 2021

米連邦裁判官、Facebookに対する証拠開示命令を取り消す

 


9月24日付記事の続報になります。ロヒンギャ・ジェノサイドに関連する証拠の開示請求を認容した下級裁判官(magistrate judge)の命令を、連邦裁判官が取り消す命令を12月3日付で発出しました。連邦民事訴訟規則第72条(a)に基づく手続となります。

主たる争点は、通信保存法(Stored Communication Act)上の「バックアップ」の意味という、国際法とはやや縁遠い条文の解釈論ですが、本命令の国際法上の含意は言うまでもなく、国際司法裁判所におけるGambia v. Myanmarの事件における原告側の立証活動への影響ということになります。

ちなみに、最初の命令に比べてあまり報じられておらず(?)、一次資料がパブリックドメインにはまだ見当たらないので、関心のある方は米国判例データベースからアクセスください。事件番号は「20-mc-36-JEB-ZMF」です。

24 September 2021

米国連邦地裁、ロヒンギャ・ジェノサイドに関する証拠開示をFacebookに命令

 

ガンビアがFacebookを相手取り28 USC 1782に基づく証拠開示を求めていた事件で、米国コロンビア特別区地裁は22日、ガンビアの申し立てを大筋認め、Facebookに対して証拠の開示を命令しました。ガンビア政府も歓迎の意を表明しています。

本件証拠開示請求は、国際司法裁判所におけるGambia v. Myanmarの事件に関連して、原告ガンビアが、ミャンマー政府によるロヒンギャ・ジェノサイドの責任を追及するにあたって、ジェノサイドの意図を証明するための証拠資料を収集する狙いから提起されたものです。ミャンマーにおけるFacebookの利用率が非常に高く、反ロヒンギャ言説を広く伝播する役割を果たしてきたことが背景にあります。

2020年6月の開示請求から1年以上が経過しており、この間、懸案の国際司法裁判所での手続では原告ガンビアの申述書の提出が既に完了しているため、本件開示命令を通じて得られるであろう証拠資料は抗弁書に付して提出する必要があります。この点、現時点では先決的抗弁の審理期日も未発表ですので、原告側弁護団としては関連資料を消化する時間は十分あるように思います。さらには、本件提訴後に発生したミャンマーの軍事クーデターの影響もあるかもしれません。

01 June 2021

人種差別撤廃委、パレスチナ対イスラエルの国家通報の受理可能性を肯定

 


4月30日付の決定が公開されました。通報の受理可能性を肯定する結論に至っております(65項)。その主たる論拠である、通報が個別の人権侵害事例ではなく「a “generalized policy and practice”」に関して申し立てている場合には国内救済を完了する必要はないとの判断は(63項)、すでにカタール対アラブ首長国連邦の通報事例でなされた受理可能性判断を踏襲するものであり(40項)、本判断は大方の予想通りだったかと思います。

本件で目新しいのは、人種差別撤廃委員会は、そうした「a "generalized policy and practice"」の存在は単に通報国が主張すれば足りるわけではなく、証拠による疎明(prima facie evidence)を要すると述べた点にあります(63項)。この点は一見すると当然に思われるかもしれませんが、先のカタール対アラブ首長国連邦の事件では本案に併合していました(41項)。また、人種差別撤廃条約に関する国家間紛争(ウクライナ対ロシア)を扱う国際司法裁判所は、むしろ一切証拠を参照せずに原告の申立の定式のみを根拠に国内救済完了原則の不適用を結論している(ように読める)ため(130項)、異なるアプローチがありうることが示唆されています。

なお、本受理可能性判断に先立つ管轄権判断の審理手続をある意味紛糾させた(?)国連法務局のメモランダムも公開されているようですので、こちらもあわせてどうぞ。

24 May 2021

ベラルーシ、民間旅客機を航路転換させ体制に批判的なジャーナリストを拘束

 


すでに広く報じられている通り、ギリシャ発リトアニア行きの民間航空機FR4978便がベラルーシ(ミンスク)に航路変更され、着陸とともに乗客であったジャーナリストが拘束されたとのことです。事の性質上、詳細は報道に拠るほかありませんが、安全保障上の懸念(FR4978便に爆発物が搭載されている可能性)をベラルーシ管制から伝えられたFR4978便は、スクランブル発信したベラルーシ戦闘機によりミンスクまでエスコートされたとのことです。ただ、捜索の結果爆発物は発見されず、その際にベラルーシ体制に批判的なジャーナリストが拘束されたことから、同氏を拘束するために虚偽の懸念をもって着陸させた、との批判がなされています。

本件については、ベラルーシの行為を「国家テロリズム」との表現で批判する声が散見されます(例えば)。ICAOはシカゴ条約違反の可能性を示唆していますが、1971年モントリオール条約(民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約)のほうがわかりやすいかと思います。同条約第1条1項(e)は、「虚偽と知っている情報を通報し、それにより飛行中の航空機の安全を損なう行為」を犯罪としているため、国家が自らの機関(ベラルーシ管制)を通じて条約上の犯罪を犯した、と論じる余地があります。この論理構成が仮に難しい場合でも、第10条1項において、「締約国は、国際法及び国内法に従い、第1条に定める犯罪行為を防止するためあらゆる実行可能な措置をとる(shall)」とあるので、防止義務違反については論じる余地が出てくるように思います。

ちなみに、モントリオール条約には紛争処理条項があり(第14条1項)、仲裁ひいては国際司法裁判所への紛争付託が認められていますが、残念ながらベラルーシは同条に対して留保をしています。

追記:ほぼ同じ観点から分析したTweetがすでにありましたので、こちらもあわせてどうぞ。

21 April 2021

宣伝:国際司法裁判所における反訴の受理可能性

についての拙稿をベルギー国際法雑誌(Revue belge de droit international) 2020-1号に掲載しましたので、もしよろしければ御笑覧くださいませ。

韓国ソウル地裁、従軍慰安婦訴訟において主権免除を肯定し賠償請求を却下

 


すでに多くの報道がなされている通り(例えば)、4月21日付判決にてソウル地裁は元従軍慰安婦及びその遺族が日本政府を相手取り提起した損害賠償請求を却下しました。判決原文(のブログ著者が読める言語による翻訳)は未入手ですが、日本の主権免除が肯定され、その判断推論において「不法行為例外」および「強行規範違反例外」に関する国際慣習法の成立を否定したようです(抄訳)。国際司法裁判所のドイツ対イタリア判決に即した判断とみることができそうです(特に76項、93-94項)。

となると、国際強行規範違反については主権免除が否定されるという、上記国際司法裁判所の判決とは異なる推論を辿って真逆の結論に到達した本年1月8日付判決(要旨)との整合性が問題となりそうです。

05 January 2021

サウジアラビア、カタールとの国境封鎖解除へ


サウジアラビア政府のソースからの発表はまだ見当たりませんが、本件紛争で仲介役を担っていたクウェートの外相が国営放送を通じて4日付で発表しました。湾岸協力会議の首脳会談が5日に開催予定とのことなので、これに先立った形となります。同様の封鎖措置を課してきた他の周辺諸国(UAE、バーレーン、エジプト等)の動向が注目されます。

2017年6月のカタール危機(外交関係断絶と国境封鎖)以降、多くの派生紛争が国際裁判の場に持ち込まれてきており(例えば)、その多くが現在も係属中ですので、今回の進展は係属中の紛争の帰趨にも影響が及ぶことも見込まれます。

■1月6日追記:5日の首脳会談にて共同宣言に署名がなされたようです(英文はとりあえずこちらを参照しています)。宣言の文言からははっきりとは読み取れないような気もしますが、これにより一連の紛争は正式に終了した、というサウジアラビア外相の発言が報道されています。

22 December 2020

条約解釈における「ファクター」としての国家実行

 


12月11日付で下された赤道ギニア対フランスの事件の本案判決は、ある不動産が外交関係条約第1条(i)にいう「使節団の公館」たる地位を取得するに際して接受国が異議申立てを行うことでこれを妨げることができるという、文言上は存在しない要素を解釈上導入したことが論争を呼んでいますが(所長次長も反対票を投じています)、ここではその結論に到達する条約解釈論の一部興味深い点に触れたいと思います。

以上の結論を支えるために、多数意見は、ある不動産につき派遣国が使節団の公館として利用するに際して接受国の事前の承認を求めるいくつかの国家実行を援用します。興味深いのは、多数意見は、それら実行が条約法条約第31条3項(b)にいう「当事国の合意」を示す事後の実行には至らないことは認めつつも、それでも原告の主張する解釈に反する「要素 (des facteurs)」として考慮している点です。

69. [...] Les deux Parties reconnaissent qu’un certain nombre d’Etats accréditaires, tous parties à la convention de Vienne, imposent expressément aux Etats accréditants d’obtenir leur accord préalable pour acquérir et utiliser des locaux à des fins diplomatiques. [...] La Cour ne considère pas que cette pratique démontre nécessairement «l’accord des parties» au sens d’une règle codifiée à l’alinéa b) du paragraphe 3 de l’article 31 de la convention de Vienne sur le droit des traités en ce qui concerne l’existence d’une obligation d’obtenir un accord préalable, ou les modalités selon lesquelles un Etat accréditaire peut communiquer son objection à la désignation, par l’Etat accréditant, d’un immeuble comme faisant partie des locaux de sa mission diplomatique. Néanmoins, la pratique de plusieurs Etats, qui exige clairement l’accord préalable de l’Etat accréditaire avant qu’un immeuble puisse acquérir le statut de «locaux de la mission», et l’absence de toute objection à cette pratique, sont des facteurs qui vont à l’encontre de la conclusion selon laquelle l’Etat accréditant aurait le droit au titre de la convention de Vienne de désigner unilatéralement les locaux de sa mission diplomatique.

「事後の実行」には至らない散発的な(しかし重要そうに見える)国家実行を現行の条約解釈規則に照らしてどう位置付けて考慮できるかは(研究でも実務でも模擬裁判でも)悩ましい前提問題でしたが、本件ではとにかく「要素」だというのが裁判所の立場のようです。ちなみに、国連国際法委員会の立場は、事後の実行を確立するには至らない国家実行は第32条の「解釈の補足的手段」の1つとして考慮できるというものでしたので(これのp. 20, paras. 8-9)、裁判所はこれには与しなかった(あるいは事情が異なると考えた)ということかもしれません。

国際司法裁判所、仮保全措置の実施確認パネルの仕組みを導入

 

12月21日付のプレスリリースで発表されました。司法業務に関する決議に11条が新設されています。3名の裁判官(国籍裁判官・ad hoc裁判官を除く)から成る委員会が都度設立され、仮保全措置の実施に関する当事国からの情報を検討し、取りうる選択肢について裁判所に勧告を行うという仕組みです。

一部で議論されておりました、当事国から提出される報告書の一般公開の可否については特段言及はありません。ガンビア対ミャンマーの事件で、ミャンマーが提出した仮保全措置の履行に関する報告書についてロヒンギャ支援団体が一般公開を求める書簡を公表しており、話題となっていましたが、この点に応えた措置ではないようです。訴答書面も口頭弁論開始までは公開されないのでこれと平仄を合わせているとみることもできますが、国際海洋法裁判所では、特段明示の根拠条文なく一般公開される実務となっているので(例えば)、国際司法裁判所でも規程や規則の改正が必須の前提というわけではなさそうです。

第三者的には透明性が高いことが望ましいともいえますが、もし公開するのであれば、今後出てくる報告書は(良くも悪くも)そのことを前提とした書きぶりになってくるだろうということは念頭に置く必要がありそうです。

14 December 2020

国際司法裁判所のJudicial Fellowプログラムについての信託基金設立へ

 


国連総会の要請により、国連事務総長により設立される見通しです。Judicial Fellow(旧University Trainee、いずれにせよ、日本語訳は難しいです)プログラムは、候補者を送り出す側の大学が資金面での負担を負うため、財政的制約により、候補者を派遣できる機関が米国ロースクールを中心とした特定地域の大学に偏ってしまうという課題があり、その是正措置と位置付けられます。

基金の対象は、「途上国にある大学出身の途上国国民(nationals of developing countries from universities based in developing countries)」とのことです(15項)。残念ながら、先進国にはあるけども財政的には制約がある大学出身の場合には対象とならないようです。

19 October 2020

国際司法裁判所、DRC対ウガンダの事件で鑑定人を嘱託

 

9月8日付命令で嘱託を決定し、10月12日付命令で具体的に4名の鑑定人を選任しています。

従来の事例との最大の違いは、一方当事国(ウガンダ)が裁判所の鑑定人嘱託に強く異議を申し立てていたにもかかわらず、裁判所が選任に至った点に見出されます(Judge Sebutinde個別意見がこの点を物語ります)。直近の例であるコスタリカ対ニカラグアの事件では、被告ニカラグアは裁判所の鑑定人嘱託提案に反対していませんでした。

もっとも、鑑定人のterms of referenceを見ると、すでに裁判所に提出されている証拠資料及び公刊資料に基づいて("Based on the evidence available in the case file and documents publicly available")各種賠償算定の基礎を提供するとあるので(16項)、鑑定人自身による独自の現地調査や証拠収集は求められていないと理解できるかもしれません。そうであれば、紛争当事国の協力の見込みが無くとも、鑑定人としては求められる任務を最低限遂行することは可能ではあるかと思います。鑑定人嘱託と紛争当事国の協力の関係性については、拙著(196‐201頁)をご覧ください。

03 September 2020

カナダとオランダ、ガンビア対ミャンマーの事件に訴訟参加の意向表明

 


9月2日付で共同声明が発出されています。規程62条参加なのか63条参加なのかは明らかにはされていませんが、"[Canada and the Netherlands] will pay special attention to crimes related to sexual and gender-based violence, including rape"とのことです。


04 August 2020

WTO紛争処理におけるTweetの証拠価値



WTO法上の安全保障条項(GATT第21条)の解釈適⽤が初めてパネルによって⾏われたロシア・貨物通過事件(DS512)に続き、TRIPS協定上の安全保障条項(第73条)の解釈適用がパネルによって初めて行われたサウジアラビア・知的財産権措置事件(DS567)の報告書が6月16日に公表されています(ただ、その後上訴されたため、現在の「上級委員会の危機」により、報告書がいつ採択されるか不透明となっています)。パネルによる73条解釈についての優れた評釈はすでに出ておりますので、ここではあまり注目されないであろうtweetの証拠資料としての扱いについて触れます。

本件は、カタールと湾岸周辺国の国交断絶後(2017年6月)、カタールを本拠とするメディア企業(beIN)が保有するコンテンツ(スポーツ娯楽等)について、サウジアラビアに設立された事業者(beoutQ)がインターネット等を通じて海賊配信を行ったことに端を発します。同海賊事業への関与を否定するサウジアラビアに対し、カタールはサウジ高官等が発した複数のtweetを証拠として提出し(beINに代わる事業者のサウジ市場への登場を予期する等)、サウジ政府による海賊事業への関与(とりわけ2018年ワールドカップを海賊放送した上でのパブリックビューイングのプロモーション)を立証しようとします。対するサウジアラビアは、"unofficial, non-government tweets are not usually recognized by legal adjudicators or attributed to a government without explicit approval"と主張し、当該tweetの価値を否定しようとします(7.47項)。この文脈でパネルは、懸案のtweetは行為帰属ではなく、海賊事業者がサウジアラビアの刑事管轄権に服するか否か(著作権侵害に関する刑事手続及び罰則を制定する義務を定めるTRIPS協定第61条違反申立てとの関連で必要)という観点から検討されると判断します(7.117項)。

"The Panel discusses these tweets, not because they are attributable to the Government of Saudi Arabia, but because they are evidence that beoutQ was promoted by prominent individuals and newspapers within Saudi Arabia, which is relevant to the question of whether beoutQ is operated by individuals or entities subject to the criminal jurisdiction of Saudi Arabia".

その上でパネルは、問題のtweetを証拠資料の一つとして、サウジアラビアによる上記海賊放送についてのパブリックビューイングを促したとの事実認定に至ります。tweetの証拠価値が(WTO紛争処理においておそらく初めて)肯定されたわけですが、その根拠は、上記に関わらず、むしろ行為帰属論に求められているように読めます(7.161項)。

"The Panel considers that Saudi Arabia's statement that "unofficial, non-government tweets are not usually recognized by legal adjudicators or attributed to a government without explicit approval" is beside the point, because most of the tweets in question are in fact governmental tweets. Article 11 of the ILC Articles on State Responsibility, entitled "Conduct acknowledged and adopted by a State as its own", provides that "[c]onduct which is not attributable to a State … shall nevertheless be considered an act of that State under international law if and to the extent that the State acknowledges and adopts the conduct in question as its own." By its terms, the principle only applies to conduct that is not otherwise attributable to a state. However, as already noted above, under general international law principles of state responsibility, actions at all levels of government (local, municipal, federal), or by any agency within any level of government, are attributable to the State".

だとすれば、本件におけるtweetはサウジ高官等による不利益自白として扱われたとみる方が自然かもしれません。次の著名な一節が想起されます。

"The Court takes the view that statements of this kind, emanating from high-ranking official political figures. sometimes indeed of the highest rank, are of particular probative value when they acknowledge facts or conduct unfavourable to the State represented by the person who made them. They may then be construed as a form of admission" (ICJ Reports 1986, p. 41, para. 64).

24 July 2020

カタール航空、湾岸周辺4か国を相手取り国際投資仲裁申立て



2017年6月5日、湾岸4か国(バーレーン、エジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビア)がカタールと外交関係を断絶して以降、同4か国はカタール登録の旅客機の自国における発着及び上空飛行を制限してきました。本年7月22日、これが違法な空域封鎖であり、投資財産の価値を毀損するとして、カタール航空がこれら4か国を相手取り国際投資仲裁申立てを行うとプレスリリースにて発表しました。"the OIC Investment Agreement; the Arab Investment Agreement; and the bilateral investment treaty between the State of Qatar and Egypt"に基づく申立てと説明されています。

これら4か国はこれまで、本空域制限措置について、先行するカタールの国際違法行為(テロリズム防止義務違反等)に対する合法な国際法上の対抗措置であると説明してきましたため、本件仲裁手続が本案まで進む場合には、投資条約違反の主張に対して対抗措置による違法性阻却の抗弁を提起することが予想されます。そしてこれがなされると、外国投資家の投資財産を制限する措置を、当該投資家の本国が行ったとされる先行違法行為に対する一般国際法上の対抗措置として正当化できるか否かという、ちょっと懐かしい投資法上の論点が再燃する可能性があります。一連のNAFTA仲裁事例(ADM v. Mexico, Corn Products v. Mexico, Cargill v. Mexico)を再読しておくといいかもしれません。

本空域制限措置をめぐっては、国際民間航空条約等に違反するとして、カタールがやはり周辺4か国を相手取りICAO理事会に紛争を持ち込んでおり、同理事会はこれまでに自らの管轄権を肯定する決定を行っております。国際司法裁判所が最近下した2つの判決(これこれ)は、このICAO理事会の管轄権についての決定を追認したのみです。

03 July 2020

南シナ海仲裁解説(3) 欠席手続と証明責任分配



(注記:本ポストの初出は2016年8月4日で、南シナ海仲裁判断の数ある論点のうちマイナーな点について書き連ねたものを旧ブログ(閉鎖済み)からこちらに移行したものです)

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周知の通り、中国代表団は仲裁手続に姿を見せず、欠席戦術をとりました。手続論としては、一方当事国の欠席は仲裁手続の続行を妨げることはなく(付属書VII第9条)、そうした欠席は特段「違法」というわけでもなく、紛争当事国が自らの利益に照らしてとりうるオプションの一つとしてむしろ想定の範囲内にあります。

1180. [...] China has been free to represent itself in these proceedings in the manner it considered most appropriate, including by refraining from any formal appearance, as it has in fact done. The decision of how best to represent China’s position is a matter for China, not the Tribunal. [...]

もっとも、国際司法裁判所の場合と同様、UNCLOS仲裁廷の場合にも、一方当事国が欠席の場合には、仲裁廷は「請求が事実及び法において十分な根拠を有すること'the claim is well founded in fact and law'」が求められます(付属書VII第9条)。こうした規定の存在から、従来、国際裁判において一方当事国が欠席した場合には、証明責任の分配規則が何らかの形で「事実上」あるいは「実際上」影響を受けるといった見方がなされることもありました。

しかし本仲裁廷は、(おそらく初めて)少なくとも原則論としては、欠席が通常の証明責任分配・証明度に影響を与えないことを明言します。

131. With respect to the duty to satisfy itself that the Philippines’ claims are well founded in fact and law, the Tribunal notes that Article 9 of Annex VII does not operate to change the burden of proof or to raise or lower the standard of proof normally expected of a party to make out its claims or defences. [...]

もっとも実際には、仲裁判断の中で中国側に証明責任を分配する形で処理した箇所は管見の限り見当たりません。もちろんこれは、フィリピンが中国の活動の違法性を問うという本件紛争の構図に由来するものであり、それ自体としては不自然ではありません(これまでの国際裁判における証明責任の分配については拙著158-181頁、248-289頁参照)。ですので、「欠席国が証明責任を負う」という命題と「仲裁廷・裁判所が(原告の)請求が事実及び法において十分な根拠を有することを確認する」との命題が実際上どのように両立するのかは、将来の例に委ねられたかたちになります。

この点、中国による埋立・人工島敷設活動の違法性を問う文脈で(請求第11及び12(B))、仲裁廷が中国に対して環境影響評価の報告書を提出するよう求めたにもかかわらず、これが提出されなかったという事実が、UNCLOS第206条違反を結論付ける文脈で言及されておりますが、これは必ずしも仲裁手続上中国側に証明責任が分配されていたことを前提とする判断ではないものと思われます。206条は、環境影響評価を実施するのみならず、その報告書を「公表」する義務を課しているため、仲裁手続における不提出の事実は、環境影響評価が公表されていないという心証を補強する位置づけが与えられているにとどまるものと考えられます。

991. The Tribunal cannot make a definitive finding that China has prepared an environmental impact assessment, but nor can it definitely find that it has failed to do so in light of the repeated assertions by Chinese officials and scientists that China has undertaken thorough studies. Such a finding, however, is not necessary in order to find a breach of Article 206. To fulfil the obligations of Article 206, a State must not only prepare an EIA but also must communicate it. The Tribunal directly asked China for a copy of any EIA it had prepared; China did not provide one. While acknowledging that China is not participating in the arbitration, China has nevertheless found occasions and means to communicate statements by its own officials, or by others writing in line with China’s interests. Therefore had it wished to draw attention to the existence and content of an EIA, the Tribunal has no doubt it could have done so. [...] Accordingly, the Tribunal finds that China has not fulfilled its duties under Article 206 of the Convention.

南シナ海仲裁解説(1) 海図の証拠価値



(注記:本ポストの初出は2016年8月1日で、南シナ海仲裁判断の数ある論点のうちマイナーな点について書き連ねたものを旧ブログ(閉鎖済み)からこちらに移行したものです)

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■海図の証拠価値


南シナ海の海洋地勢について、高潮時に水没してしまう低潮高地か、それとも水没しない「高潮地勢'high-tide features'」かを判断するに際して(この用語法は、仲裁判断のpara.280参照)、仲裁廷は、古い海図資料を重視する立場を一般論として示します。というのは、島も低潮高地も「自然に形成された陸地」であることが要件であるため(UNCLOS13条・121条1項)、自然状態を検討するためには、人工島建設や埋め立て工事が進められてしまった現在の姿ではなく、そうした中国の活動が行われる以前の状態を知る必要があるからであります。


327. Given the impossibility of direct, contemporary observation and the limitations on what can be achieved with remote sensing, the Tribunal considers that more convincing evidence concerning the status of features in the South China Sea is to be found in nautical charts, records of surveys, and sailing directions. Each of these sources, the Tribunal notes, represents a record of direct observation of the features at a past point in time. [...]


つまり、過去の海図が海洋地勢の性質決定に際して証拠価値を持つのは、それが過去の一定時点における作成者の直接的な知覚を表現するものであるからであり、ここから、海図の発行それ自体よりも、海図作成に至る調査活動がいつどのように行われたかを重視するアプローチが導かれるわけです。これに基づいて、具体的には、英国海軍および旧日本帝国軍が1930年代までに行った調査を重視するとの立場を示します(para. 329)。


■メディア報道の類推?


他方、フィリピン側弁護団はこれらに限らず、上記以外の国(フィリピン、中国、マレーシア、ヴェトナム・・・)が作成したとされる多くの海図を提出していました(Merits Hearing Day 2 Transcript p. 35)。しかし、仲裁廷はこれらを基本的には退けます。その理由は、それらの海図が、結局のところ英国および日本の海図のコピーに過ぎないとの判断によります。


330. The majority of the nautical charts of the South China Sea issued by different States, however, are to a greater or lesser extent copies of one another. Often, information is incorporated or outright copied from other, existing charts without express attribution. Where a chain of sources can be established, even very recent charts will often trace the majority of their data to British or Japanese surveys from the 1860s or 1930s. A more recently issued chart may, in fact, include little or no new information regarding a particular feature. Multiple charts depicting a feature in the same way do not, therefore, necessarily provide independent confirmation that this depiction accords with reality.


仲裁判断は特段先例を引用しておりませんが、この説示が念頭に置いているのは明らかに、無数のメディア報道は時として単一の情報源に帰着することがあり、その場合には、その元々の情報源しか証拠価値は持ちえないという、下記に掲げるICJニカラグア事件判決(1986年)の一節であります。


63. [...] The Court has however to show particular caution in this area. Widespread reports of a fact may prove on closer examination to derive from a single source, and such reports. however numerous, will in such case have no greater value as evidence than the original source. It is with this important reservation that the newspaper reports supplied to the Court should be examined in order to assess the facts of the case, and in particular to ascertain whether such facts were matters of public knowledge.

28 May 2020

COVID-19と国際法(2) WHOにおける紛争処理メカニズム



COVID-19感染拡大に伴い、ウイルス発生源と目される中国の初期対応についての国際責任を問う議論が数多く登場してきています。事態が収束していない段階でのそうした議論の方向性が生産的であるか否かへの疑問前回少し触れました。中国の国際責任を問う報告書を英国のシンクタンクが公表したのに対し、中国系メディアが相次いで批判記事を掲載してきており(例えばこれこれ)、本主題はすでに政治的なディスコースの中にあるといえるかもしれません。ただ、下記に見ますように、裁判や仲裁といった国家間紛争処理メカニズムを用意しているのは他ならぬWHO憲章や国際保健規則(2005)です。そうしたオプションを通じていかなる範囲で責任追及が可能であるのかを整理しておくことは、世界保健体制に通底する原理を理解しようとすることにもなるかと思いますので、ここではそうした可能性について概観してみたいと思います。

世界保健法制の概要を少し


筆者は保健法制の専門家でも何でもないのですが、COVID-19感染拡大に伴う国家責任追及可能性の探求という観点から関連法文書を見ますと、さしあたり次のような3層構造で捉えればよいのではないかと考えております(間違っていたら教えてください)。

1つは、WHO憲章であり、中国を含めた190を超える国が加盟する、WHO(世界保健機関)という国際組織を設立する国際条約です。条約である以上、加盟国に対して義務を課しうる法文書ではありますが、国際組織設立条約という性質から、WHO内部機関の組織や運営に関する規定が多くを占めており、(国家責任追及の手がかりとなりそうな)加盟国の義務を規定する条文は多くは無いように見受けられます(後述します)。

そこで重要となるのが国際保健規則(2005)であり、感染症対策に関して加盟国に様々な義務を課しています("Each State Party shall" "States Parties shall"という文言が並びます)。国際保健規則それ自体は条約ではなく、WHO憲章第21条・22条に基づき総会が採択した法的拘束力ある文書です。法的拘束力がある以上、規定された義務内容の違反は国際責任を惹起します加盟国による国際機関への法定立権限の移譲例とみることができます。

この国際保健規則(2005)の第12条に基づき、(テレビで顔を見ない日はない)WHO事務局長は特定の感染症蔓延状況について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (a public health emergency of international concern)」を構成するか否かを認定する権限を有します。そして、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生を認定すれば、WHO事務局長は所定の手続に従って「暫定的勧告 (temporary recommendations)」を発することができます(同第15条)。COVID-19の場合には、本年1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言され、中国(To the People's Republic of China)および全国家(To all countries)に対して各種の勧告を行いました。国際保健規則からWHO事務局長へのルール定立権限の再委譲とみることができるかもしれませんが、この「暫定的勧告」は法的拘束力を持たず(国際保健規則第1条の定義規定参照)、したがって名宛人たる国家の法的責任を追及する根拠は提供しないものと思います。

以上のように、世界保健法制は、権限委譲関係という観点からWHO憲章・国際保健規則・暫定的勧告の3層構造で(ひとまず)捉えることができるかと思いますが、国家責任追及可能性という観点からは前2者が重要となります。そこで次に、これらにおける紛争処理条項の内容を見ていきたいと思います。

WHO憲章・国際保健規則(2005)の紛争処理条項


まず、国際保健規則(2005)はその第56条において、次のような規定により仲裁による紛争処理を認めています。

"1. In the event of a dispute between two or more States Parties concerning the interpretation or application of these Regulations, the States Parties concerned shall seek in the first instance to settle the dispute through negotiation or any other peaceful means of their own choice, including good offices, mediation or conciliation. Failure to reach agreement shall not absolve the parties to the dispute from the responsibility of continuing to seek to resolve it.
[...]
3. A State Party may at any time declare in writing to the Director-General that it accepts arbitration as compulsory with regard to all disputes concerning the interpretation or application of these Regulations to which it is a party or with regard to a specific dispute in relation to any other State Party accepting the same obligation".

この規定を手がかりとすれば、例えば中国政府がCOVID-19に関する公衆衛生情報を評価してから「24時間以内に」WHOに情報提供する義務、あるいは「正確かつ十分な」情報を提供する義務(国際保健規則第6条)に違反したという主張、仲裁を通じて追及できるようにも考えられます。もっとも最大の問題は、中国政府が本条項に基づいて仲裁管轄に同意する宣言を行った形跡はなく、また今後そうした宣言を行うことは考えにくいことであり、このオプションは事実上閉じられているとみてよいかと思います。

そこで、WHO憲章の紛争処理条項が注目されますが、憲章は第75条において次のような規定により国際司法裁判所への紛争付託を認めています。

"Any question or dispute concerning the interpretation or application of this Constitution which is not settled by negotiation or by the Health Assembly shall be referred to the International Court of Justice in conformity with the Statute of the Court, unless the parties concerned agree on another mode of settlement".

一見する限り、この規定振りは多数国間条約の裁判条項としては割と典型に属するものであり、当事国間交渉「あるいは」総会によって紛争が解決されなかったことを前提条件として国際司法裁判所への付託を認めるものと読めます。前提条件の細かな解釈は割愛しますが、いずれにせよ、WHO憲章の解釈適用に関する加盟国間紛争を裁判を通じて解決するという途が明示的に開かれている点が注目されます。

事項的管轄権の判断枠組み


ただし、この第75条を援用しつつ抽象的に「WHO憲章違反だ」と主張すれば直ちに国際司法裁判所に審理してもらえるわけではありません。WHO憲章のように特定の分野を規律する多数国間条約の裁判条項に基づいて紛争が付託される場合、裁判所は次のような定式で、付託されたが紛争が自らの管轄権の事項的範囲内にあるか否かを判断します。

"in order to determine the Court’s jurisdiction ratione materiae under a compromissory clause concerning disputes relating to the interpretation or application of a treaty, it is necessary to ascertain whether the acts of which the applicant complains 'fall within the provisions' of the treaty containing the clause" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 57).

したがって、WHO憲章の特定の条文に「収まる (fall within)」被告国の行為を特定する必要があります。予告しました通り、ここで問題となりそうなのが、WHO憲章はWHOの組織や運営に関する条文が多くを占めており、責任追及の手がかりとなりそうな国家の義務を規定する条文は必ずしも多くはないことです。以下、めぼしい条文についていくつか検討してみます(この点は我が畏友のポストがより詳細です)。

まず、"Each Member of the Organization on its part undertakes to respect the exclusively international character of the Director-General and the staff and not to seek to influence them"と規定する憲章第37条を根拠に、中国は、COVID-19に関する情報を隠蔽あるいは不正確な情報を提供することで、事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の認定を遅らせ、WHO事務局長及び職員に対して「影響力を及ぼそうとしない」義務に違反したという立論構成が提示されています。が、この場合、中国による情報隠蔽工作があったか否かという微妙かつ難しい事実証明が管轄権判断において求められることとなります。

次に、"Each Member shall communicate promptly to the Organization important laws, regulations, official reports and statistics pertaining to health which have been published in the State concerned"と規定する憲章第63条を根拠に、中国はCOVID-19に関する公式報告や統計を「速やかに (promptly)」提供する義務を怠った、という論理構成も一見したところありえそうですが、同条に基づいて提供すべき情報は「その国において公表された (published)」ものに限定されていますので、仮に何らかの情報隠蔽工作があったとしても、それだけではそうした行為が憲章第63条に「収まる」と結論付けることは難しそうです。

最後に、"Each Member shall provide statistical and epidemiological reports in a manner to be determined by the Health Assembly"と規定する憲章第64条が挙げられますが、これは少し複雑な解釈を要します。すなわち、加盟国は「保険総会が決定する態様(manner)において」統計的疫学的報告を提供すべきところ、ここでいう「態様」には総会が採択した国際保健規則(2005)が含まれ、したがって「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を構成しうる事象に関する情報の評価から24時間以内にWHOに通知しなければならないという国際保健規則第6条1項の不遵守は、同時に憲章第64条違反を構成しうる、といった論理構成です。もっともこの場合、具体的にどの行為が24時間のカウントダウンを開始したのかを特定する必要があります。6条1項の関連個所は次のような規定です。

"Each State Party shall notify WHO, by the most efficient means of communication available, by way of the National IHR Focal Point, and within 24 hours of assessment of public health information, of all events which may constitute a public health emergency of international concern within its territory in accordance with the decision instrument, as well as any health measure implemented in response to those events."
 

管轄権判断でどこまで事実問題に踏み込むか


以上の分析は国際司法裁判所の管轄権設定に関するものであり、中国の国際責任という本案には一切触れるものではありません。情報隠蔽工作やWHOへの情報提供の遅れ(の疑い)に言及しているのは、事項的管轄権の判断枠組みにおいてそれが要求されるからであり、本案に予断を与えるものではありません(この区別がなかなか理解されにくいことは、我が畏友のブログポストのコメント欄をみると分かります)。では、「そもそも情報隠蔽工作の事実などない」「中国はWHOに速やかに情報提供を行った」といったかたちでそもそもの事実認識が食い違う場合、裁判所としては管轄権判断の段階でどこまで事実問題に踏み込まねばならないのでしょうか。この論点は過去に何度か議論されてきており、最近の事件でも、管轄権判断の段階では事実認定は不要とする(=原告が主張する事実を真実と扱う)立場と、管轄権を基礎づける事実が存在することの見込み (plausibility)は少なくとも必要だとする立場が対立しました。が、裁判所の回答はあまり歯切れのよいものではなく、管轄権抗弁に関連する事実問題を検討すると述べるのみでした。

"At the present stage of the proceedings, an examination by the Court of the alleged wrongful acts or of the plausibility of the claims is not generally warranted. The Court’s task, as reflected in Article 79 of the Rules of Court of 14 April 1978 as amended on 1 February 2001, is to consider the questions of law and fact that are relevant to the objection to its jurisdiction" (Ukraine v. Russia, Objections (2019), para. 58).