20 June 2020

COVID-19と国際法(6) ハンガリーが無期限の緊急事態法を終了



感染症蔓延対策としてハンガリーが3月に採択した緊急事態法はその期限の定めがないことが批判を招いてきましたが、同法は6月16日に終了が可決されたようです。もっとも、同法の終了と同時に新法が採択され、同様の権限を現政権に付与することが可能となると報じられていますが、こちらは原文(は読めないのでその英仏語訳版)を入手してから検討したいと思います。

なお、本法に関してハンガリーは欧州人権条約第15条に基づくderogationを宣言・通告していません。COVID-19蔓延との関連で同条約に基づきderogationを宣言した国はこれまでのところ、アルバニア、アルメニア、エストニア、ジョージア、ラトビア、モルドバ、北マケドニア、ルーマニア、サンマリノ、セルビアがあります(リストはこちら)。


18 June 2020

紹介: Mass Claims (Jus Mundi)

国際投資仲裁データベースとして最近注目を集めているJus Mundiのコンテンツの1つに、Wiki Notesという、投資法関連のキーワードについて解説するものがあり、"Mass Claims"のエントリーで短い解説記事を書きましたので、ご笑覧ください。対アルゼンチン事例に加えて、最近の対キプロス事例まで踏まえております。投資仲裁における集団請求については、こちらの論説もあわせてどうぞ。

16 June 2020

COVID-19と国際法(5) WHO事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言



新型コロナウィルスCOVID-19の世界的蔓延の中、世界保健機関(WHO)の初期対応の鈍さや遅れを問題視する見方があります。特に、発生源と目される中国との関係でWHO事務局長が独立性を欠いていたとする批判は、一般市民の間でも一定の広がりをもって展開してきました。彼が果たして「中国寄り」であるか否かはさておき、事務局長の初期対応が適正であったか否かは国際保健規則(2005)に照らして評価することができます。このポストではこの点を概観します。

すでに紹介した通り、感染症蔓延対策の初期におけるWHO事務局長の最大の機能は、事象が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言することにあります(国際保健規則第12条)。そして、(中国に配慮して、あるいは中国の圧力を受けて)この宣言の発出が遅れたというのが米国政府の批判の1つです。

On January 21, 2020, President Xi Jinping of China reportedly pressured you not to declare the corona virus outbreak an emergency. You gave in to this pressure the next day and told the world that the coronavirus did not pose a Public Health Emergency of International Concern. Just over one week later, on January 30, 2020, overwhelming evidence to the contrary forced you to reverse course.

ただし、事務局長は自由に自らの判断で緊急事態と宣言することができるわけではなく、「緊急委員会の助言 (advice of the Emergency Committee)」を考慮しなければなりません(国際保健規則第12条4項(c))。同条がいう「緊急委員会」は常設の機関ではなく、事象ごとに召集される専門家集団です。そしてこれまでのところ、事務局長は緊急委員会の助言をそのまま追認する慣行のようです。したがって、事務局長による宣言の発出が遅れたか否かという問題は、事務局長個人のみならず、この緊急委員会がCOVID-19に関してどのように検討したかに一定部分かかっているということになります。

周知の通り、事務局長がCOVID-19に関して「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言したのは1月30日でしたが、これは緊急委員会の第2回目の会合の助言を踏まえたものでした。これに先立つ第1回目の会合の開催は1月22ー23日でしたが、その議事録上、委員の間で見解が分かれていたことが示されています。

On 22 January, the members of the Emergency Committee expressed divergent views on whether this event constitutes a PHEIC or not. At that time, the advice was that the event did not constitute a PHEIC, but the Committee members agreed on the urgency of the situation and suggested that the Committee should be reconvened in a matter of days to examine the situation further.

緊急委員会が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると結論しなかった以上、慣行に従う限り、WHO事務局長としては1月22-23日の時点で緊急事態を宣言する余地は小さかったのかもしれません。緊急委員会と事務局長のこうした関係性を所与とするならば、むしろ緊急委員会の判断過程こそ精査すべきということになりますが、公開されている議事録上は詳細の記述はなく、以前からその透明性を問題視する見方もあります。

05 June 2020

COVID-19と国際法(4) 対WHO訴訟と国際組織の免除



前回、中国(および中国共産党)を相手取った米国裁判所での集団訴訟について概観しました。これらに加えて、世界保健機関(WHO)に対するクラスアクションも一件確認されているので、今回はこれに触れてみたいと思います。

問題のクラスアクションをニューヨーク連邦地裁に提起した(うちの一人)はニューヨーク州在住の医師であり、WHOによる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の発生認定(その含意はこちら)が遅れたこと、武漢における感染症対策状況を適切に監視しなかったという不作為を問題視しています(para. 1)。コモンロー上の過失(negligence)に基づく請求であり(paras. 87-88)、それが成就するかはさておき、法律構成自体にはそこまで特異な点は見られないように思います。

問題は裁判管轄権の基礎であり、本訴訟でも、対中国訴訟の場合とほぼ同様に、外国主権免除法上の「商業活動例外」および「不法行為例外」の2つを援用し、それのみをもって簡単に裁判管轄権を基礎づけようとしております(para. 11)。が、この論理構成は少し敷衍を要します。

外国主権免除法に基づいて免除を享受するのは「外国国家」であり、その定義上、国際組織は含まれません。ただし米国法上、国際組織免除法という別の法律によって、外国国家と同等の免除(same immunity)が国際組織に認められています(22 USC §288a(b))。したがって、対WHO訴訟の原告は、同法適用の結果として、国際組織であるWHOの免除範囲も外国主権免除法が規定する、との前提に立っているとみることができるかもしれません。関連部分は以下の通りです。

(b) International organizations, their property and their assets, wherever located, and by whomsoever held, shall enjoy the same immunity from suit and every form of judicial process as is enjoyed by foreign governments, except to the extent that such organizations may expressly waive their immunity for the purpose of any proceedings or by the terms of any contract.

もっとも、この「同等の免除」は「デフォルト・ルール」であり(See JAM v. International Finance Corp. 586 U. S. ____ (2019))、個々の国際組織毎に異なるルールを策定することを妨げるものではありません。国連の免除を規定する国連特権免除条約が典型です(米国も当事国)。WHOを含めた国連専門機関の特権免除を定めた条約には米国は加盟しておりませんがWHO憲章本体にWHOの免除を規定する条文(67条)があります。こちらは米国も当事国です。

(a) The Organization shall enjoy in the territory of each Member such privileges and immunities as may be necessary for the fulfilment of its objective and for the exercise of its functions.
(b) Representatives of Members, persons designated to serve on the Board and technical and administrative personnel of the Organization shall similarly enjoy such privileges and immunities as are necessary for the independent exercise of their functions in connexion with the Organization.

したがって、対WHO訴訟においては、WHO憲章第67条に基づく免除の妥当も検討する必要があるように見受けられます。

なお、WHOを含め、国際組織の特権免除はその任務遂行の必要性に由来するものであり、主権の相互尊重や相互主義に由来する(と理解される)国家免除とは本来的に異なるのではないか、したがって米国法上両者が「同等の免除」を享受する原理的根拠は何か、という難問がありますが、判例上はうまく(ないかもしれませんがいずれにせよ)かわされています。