16 June 2020

COVID-19と国際法(5) WHO事務局長による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言



新型コロナウィルスCOVID-19の世界的蔓延の中、世界保健機関(WHO)の初期対応の鈍さや遅れを問題視する見方があります。特に、発生源と目される中国との関係でWHO事務局長が独立性を欠いていたとする批判は、一般市民の間でも一定の広がりをもって展開してきました。彼が果たして「中国寄り」であるか否かはさておき、事務局長の初期対応が適正であったか否かは国際保健規則(2005)に照らして評価することができます。このポストではこの点を概観します。

すでに紹介した通り、感染症蔓延対策の初期におけるWHO事務局長の最大の機能は、事象が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言することにあります(国際保健規則第12条)。そして、(中国に配慮して、あるいは中国の圧力を受けて)この宣言の発出が遅れたというのが米国政府の批判の1つです。

On January 21, 2020, President Xi Jinping of China reportedly pressured you not to declare the corona virus outbreak an emergency. You gave in to this pressure the next day and told the world that the coronavirus did not pose a Public Health Emergency of International Concern. Just over one week later, on January 30, 2020, overwhelming evidence to the contrary forced you to reverse course.

ただし、事務局長は自由に自らの判断で緊急事態と宣言することができるわけではなく、「緊急委員会の助言 (advice of the Emergency Committee)」を考慮しなければなりません(国際保健規則第12条4項(c))。同条がいう「緊急委員会」は常設の機関ではなく、事象ごとに召集される専門家集団です。そしてこれまでのところ、事務局長は緊急委員会の助言をそのまま追認する慣行のようです。したがって、事務局長による宣言の発出が遅れたか否かという問題は、事務局長個人のみならず、この緊急委員会がCOVID-19に関してどのように検討したかに一定部分かかっているということになります。

周知の通り、事務局長がCOVID-19に関して「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言したのは1月30日でしたが、これは緊急委員会の第2回目の会合の助言を踏まえたものでした。これに先立つ第1回目の会合の開催は1月22ー23日でしたが、その議事録上、委員の間で見解が分かれていたことが示されています。

On 22 January, the members of the Emergency Committee expressed divergent views on whether this event constitutes a PHEIC or not. At that time, the advice was that the event did not constitute a PHEIC, but the Committee members agreed on the urgency of the situation and suggested that the Committee should be reconvened in a matter of days to examine the situation further.

緊急委員会が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると結論しなかった以上、慣行に従う限り、WHO事務局長としては1月22-23日の時点で緊急事態を宣言する余地は小さかったのかもしれません。緊急委員会と事務局長のこうした関係性を所与とするならば、むしろ緊急委員会の判断過程こそ精査すべきということになりますが、公開されている議事録上は詳細の記述はなく、以前からその透明性を問題視する見方もあります。